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なぜスポーツがトップニュースなのか?
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    私が子どもの頃は、テレビや新聞が日常的に扱うスポーツと言えば「野球と相撲」ぐらいのものだったから、30分のニュース番組で例えるならせいぜい「終盤の5分程度」がスポーツコーナーとしてそれに当てられれば十分という認識だった様に思う。当時のスポーツがニュースの中でそういう位置付けだった理由は、おそらく「娯楽であり国民の生き死にや社会の安心安全に直接関係が無い」ということだったと思われる。これは逆に言えば、ニュース(=報道番組)とは「国民の生き死にや社会の安心安全に関わる日々の出来事」を過不足なく伝えることが目的という事になる。

     

    翻って昨今は野球、サッカー、相撲に限らず、フィギュア、卓球、テニス、ゴルフ、陸上、水泳、バレー、ボクシング、柔道、スキージャンプ、カーリング・・等々(順不同)、多種多様なスポーツがニュース(やワイドショー)のトップを飾ることが珍しくも何ともなく、極めて日常的になっている。これは前述のニュースの目的から言えば、NHKを初めとするマスコミ各社が国民に対して「これは皆さんの死活問題よりも大事な今日一番の出来事です」と言っているに等しい。

     

    もしこれが私自身も長年関わってきた(スポーツと同じくエンタメであるところの)音楽がこのような「おかしな扱い」をされたら、当然の如く強い違和感を禁じ得ないに違いない。これは決してスポーツや音楽を卑下するということではなく、単純にマスコミを通じて国民に提供される情報は「死活問題を優先にして欲しい」との思いからだ。(もちろんNHKやマスコミ各社が頑なにスポーツをトップニュースとする意図は判明しているが・・・)

     

    少なくともこのように価値観の倒錯した世の中が、国民のためにならないことは事実だ。

    | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 09:13 | comments(0) | - |
    テレビを見れば見るほど変になる?
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      言うまでもなく、社会の在り方やあらゆる国民生活に最も深く大きく関わるのが「政治の在り方」であるから、我々国民の一人一人は「今、政治がどうなっているのか(=今、日本がどこへ向かっているのか)」について、常に何らかの形で正しい情報を取得出来なければならないということになる。そうでなければ(有権者として)政治そのものや政治家に対する是非の判断のしようがないからだ。

       

      しかしその意味に於いて、現状我々に最も身近で手軽な情報の入手手段である「テレビ」は、そうした「正しい情報の提供」という(建前上の)使命と役割をとっくの昔に放棄してしまったようだ。百歩譲って(広告スポンサーである)財界の意向を汲まざるを得ない民放テレビ局ならまだしも、強引な理屈と手段でほぼ全ての国民から「視聴料」を徴収した挙句「みなさまのNHK」を標榜してはばからないNHKに至っては、これは「国民に対する完全な裏切り行為に当たる」と断定出来る。

       

      例えばここ数年来、政権による「度重なるメディアへの圧力、恫喝」などが報じられてきたが、いつの間にかそれが常態化して、現在では逆に「言われる前から政権に忖度する輩が存在する」など、すっかり手なづけられてしまった感がある。言って置きたいが、自分に非がないのに脅されたり因縁をつけられたら瞬時に「脅された!」「因縁をつけられた!」と騒ぎ立てるのが身を守る基本だろう。もしそういう気がないとすれば、その人たちは元々そういう「メディアに居てはならない人たち」だったと思う他ない。何故なら「使命感や責任感」が感じ取れないからだ。

       

      それからメディアに対する政権側の「屁理屈」の一つに「両論併記すべし」というものがあるが、そもそも併記に値する「論」であるのかどうかが問題で、そうした価値判断の介在なしに何でもかんでも「論」として併記するという訳には行かないだろう。

      事実、ほとんどの報道や情報提供の際には「両論併記」などされず、多くはメディア側の価値判断に基づいて行われている。いつの場合も我々国民は「メディアの良心」を信じ、メディア側はそうした「信頼に応えるべく尽力する」というのが国民とメディアの有るべき姿に違いない。

       

      そうした(政治を正しく伝えないという)意味に於いて、現在のテレビは既に見る影もなく、逆に見れば見るほどおかしな方向へ誘導され兼ねない状況に有ると言えよう。(反面教師にはなるにせよ、見て気分は良くない。)

      | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 10:55 | comments(0) | - |
      NHKからも遂に「内部告発」が
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        http://lite-ra.com/2018/03/post-3916.html

         

        上のリテラの記事にある通り、、さる3月29日の参院総務委員会に於いて、共産党の山下芳生議員は「NHKの権力の監視機能は著しく低下している」「政府からの独立が極めて弱い」と指摘した上で、「私のところにも、NHK関係者からの内部告発と思われる文書が届きました」と切り出し、その内部告発を読み上げたとのこと。

         

        取り分け安倍政権になってからNHKは著しく政権に配慮する報道姿勢が目立ち、以前よりネット上では「犬HK」などと揶揄されるまでになっており、事実を正確に発信するという公共放送の役割を果たしているとは到底言い難く、むしろ国民に(隠蔽や印象操作により)事実誤認の下での不利益を与えかねない状況が続いている。

         

        こうした憂うべきNHKの現状を改善する有効な手立てと言えば、やはり当事者自らによる「内部告発」であることは間違い無いが、それは何もNHKに限った事ではなく、公民問わずあらゆる組織に通じる話と言え、自分自身で組織の矛盾、汚染、汚濁を抱え込み、悩んだ末に自殺するよりも100倍良い事と気付く人々が今後増大するに違いない。組織の方々良いですか?腐った組織は一旦リセットして構わないし、リセットした方が結果が良いに決まっている。(人間は元々組織のパーツではないので、組織を失っても生きていけます!)

         

        何れにしても今年は「対峙」の年。(内部告発も対峙の一形態であり)その中にあって(恐れをなして)対峙出来なかった人々が、ただ終わって行くだけのことと思われる。

        | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 11:16 | comments(0) | - |
        テレビ放送の目的とは
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          テレビは世相を映し出すためのものではなく、逆に出来うる限り人々の意識や認識を世相の実態(=真実)から遠ざけ、いわば「仮想現実」とでもいった世相の実態とは無関係の状態に押し込めておこうという意図を持ったものと考える時に、全て合点が行く。

           

          テレビの提供する「仮想現実」とは例えば「みんながオリンピックに夢中だ」「みんながグルメやショッピングや観光の情報を求めている」「みんなバラエティーやクイズ番組が大好きだ」或いは「日本は治安も良く安全安心な国だ」「日本は政治も経済もしっかりとしていて盤石だ」「日本人は世界に誇れる勤勉で優秀な民族だ」等々、何れも「日本経済の現在の繁栄ぶりと更なる発展」を殊更アピールし、国民生活に於ける不安要素の存在を極力意識させない内容でほぼ埋め尽くされている。(言葉を換えれば「ノーテンキでオメデタイ」内容ということだ。)

           

          このように「世相の実態」と掛け離れた内容をテレビが放映し続け、結果的に真実を歪め隠蔽することが、実は多くの国民にたいへん不幸で不条理な結果をもたらしている。何故ならテレビで放映された内容に対する「摺り合わせ」を人々が日常的に行ない、その都度ことの真偽を隣近所や友人同士で確認し合う習慣など誰も持たないからだ。

          つまりテレビが「みんなが買って持っている」というものを自分が買う余裕が無いだけで、自分だけが「人よりも経済的に劣っている」「人よりも遅れている」「世間とずれている」というコンプレックスが生じ、疎外感に苛まされる恐れがあるということで、それも「自分だけ」となれば、自己責任と思わざるを得ない。

           

          しかしテレビが大げさに(時には嘘をついてでも)「みんな買ってる、持ってる」というのは半ば当たり前で、何故なら放送はスポンサー(という物を売りたい商人)によって成り立っているからだ。またそうした番組内容に対する影響力は単一のスポンサーに留まらず、場合に依っては業界、更には財界の意向が反映される場合さえままあるだろう。何故なら財界全体が国民の消費、購買意欲の促進を望んで止まないからだ。少なくとも現在のテレビ放送の半分以上はそうした空気の醸成という経済的な意図を含んでいるように見受けられる。だから政治ネタを扱うにしても、国民生活の先行きに警戒感を持たせ、消費行動にブレーキを掛けさせるような内容は極力避け、賑わいムードに水を刺さないようにしている。

           

          これら「客をその気にさせてお金を使わせる」という行為自体は純然たる商売の場に於いては当たり前のことで、売る方は口八丁手八丁で客の気持ちを掴めば良いし、客の方もそれを見越して始めから「話半分」で聞き流せる。しかしテレビの悪質なところは、報道やレポートやトークやインタビューなどに織り交ぜて、一見それとわからない形で視聴者に対して意図的な働きかけを行なうことにあろう。つまり視聴者は(それと知って身構えていない限り)いつの間にか誤った認識や世相感を植え付けられてしまうということだ。特にバラエティーやワイドショーなど「ごった煮」のような番組は要注意だし、報道番組であっても扱う順番(優先順位)を鵜呑みにすると世相や価値観を見誤る場合がある。

           

          こうしたテレビの欺瞞性、偏向ぶりは、百歩譲って(財源をスポンサーに依存する)民放ならば致し方無しとされる部分はあっても、こと視聴者から直接視聴料を徴収するNHKに至っては決して許されるものではない。少なくとも経営トップが財界から次々と送り込まれてくる状況は今すぐ改めるべきではないか。(それでは政府や財界を批判することなど到底出来ないだろう!)

          | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 09:24 | comments(0) | - |
          右も左もオリンピックの話で持ち切りって?
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            オリンピックのような大きなイベントが開催される際にいつも感じることだが、期間中テレビではニュースもワイドショーも朝から晩までほぼその話題一色になる。その間政治も社会も国際情勢もその活動を停止して、あたかも世の中では(オリンピック以外)何事も起きていない様な錯覚に陥りそうになるが無論そんなことはなく、普段と変わらず事件や事故が起こり続け、不正や犯罪が行われ続け、人が死んだり傷ついたりし続けているに違いない。にも関わらずマスコミが一方的にそれらを報じることを控え、人々の意識が殊更オリンピック一辺倒となるよう画策しているに過ぎない。つまり日本国内や地球のどこかで人々が非業の死を遂げる事は「オリンピック選手がメダルを取ることよりも遥かに価値が低い」と言われているようなものだ。

             

            こうして感動や感嘆のツボを履き違えた「薄っぺらな人間」が量産されてきた事がよく解る。

            だが幸いにして、それも間もなく終わるだろう。

            | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 11:06 | comments(0) | - |
            マスコミ各社は自社の「政治的報道姿勢」を明らかにすべし
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              NHKを始めとする報道各社の「(政治的な)中立公正」の謳い文句(=寝言)を聞かされるのはホトホトうんざりしている。そんな事は(論理的に)有り得ない。ただ世の中は必ずしも論理的に筋道を追って物の良し悪しを判断出来る人ばかりとは限らないので、素知らぬ顔で人々を欺き続けているに過ぎない。

              それに対して「赤旗」「聖教新聞」などはそれぞれ政治的出自が明らかにされており、謂わば「機関紙」のようなものだから判りやすい。いい加減にNHKやその他のマスコミ各社もそれを見習って「政治的に偏った報道姿勢」の根拠と実態を(こそ泥みたいなマネをせず)正々堂々と明らかにしてはどうなのか。それとも、それが出来ない何か後ろめたい理由でもあるのか。(あるとすれば他人の犠牲の上に成り立った「金と立場」しかないだろうが。)

               

              悪いが我々国民は最早そうした「茶番」に付き合っている暇もゆとりもないのだ。

              まずNHKだが、経営陣を総理大臣が任命する制度の下、トップに「財界有力者」が据え置かれる現状に於いて、財界優遇を図る政権を盛り立て擁護する報道姿勢を貫こうとするのは当然であり、その結果として近年「極端な偏向報道」が行われている事は、今や誰の目にも明らかとなっている。(そうした現状で受信料の徴収など100年早い!)

              また、スポンサー(=財界大手)からの広告収入によって成り立っている民放各社が、同じく財界とそれを支援する政権に頭が上がらない事の道理は子どもでも理解出来るだろう。つまり彼らは元々構造上(政界と財界が一体化している限りは)「政財界の使いっ走り」でしかなく、そもそも(現状に限って言えば)民放各社に過度の期待をする方が間違っているとも言える。(自ずと限界が有るということだ。)

               

              そうであれば尚更、いやしくも「公共放送(=国民のためになる放送?)」の看板を掲げながら、その実体は著しく政権寄りと化し、一部では「国営放送」と揶揄されるまでに至った近年のNHKの国民に対する背信行為は到底看過されるべきではなく、しかもこちらはただ「看板に偽り有り」では困るという当たり前の話をしているに過ぎないのだ。

               

              今や世間は「開き直り」の横行する時代だ。ならばマスコミ各社も(どうせバレているのだから)そろそろ開き直って堂々と「政治的報道姿勢」を公言してくれたら良いのだ。(国民はその方が判りやすくて有り難い。)

               

               

              | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 08:11 | comments(0) | - |
              今日はひたすら雪かきするしかない
              0

                東京八王子の地域住民としては、誰に言われるまでもなく朝一番に「子どもたちの通学路」及び「周辺の道路環境の最低限の安全性」の確保が必要と思われます。これらが早ければ早いほど良い事は、ここ数年来の経験上判っている事で、年々地域の人たちにそうした意識が浸透して来つつあることは肌で感じられます。

                但し(自治体を始め自治会に至るまで)行政レベルでそれを後押しするような動きが聞こえてこないのは寂しい限りです。(ショベルカーを出すの出さないのという話はどこへいったのだ?)

                そういう訳で今日は断続的に「雪かき」の一日となりそうです。

                 

                それにしても「(報道番組を含む)テレビ番組の欺瞞性」はここに来てよりいっそう顕著なものとなり、ついに(地デジでは)見るに耐えられるものが皆無となってしまいました。それはまるで「政権と財界擁護のためなら何でもします」と言っているかのようです。それはまるでモノに憑かれたような行動です。

                そんなに皆さん「政権と共に朽ち果てたい」のでしょうか。どういう思考回路が働いているのか理解に苦しみます。(まさかそれが「生き残る道」などと本気で思っていないでしょうね?)

                 

                (追記)

                 

                近くの建設会社がボランティアでショベルカーを出して下さいました。ありがとうございます!(燃料代ぐらい自治会費で賄ってあげられないのでしょうか?)

                 

                | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 11:26 | comments(0) | - |
                沈黙(という名の悪)と敢然対峙する村本大輔
                0

                  昨日も言った通り、もはや論じない。ムダな時間だ。それでなくとも人間的に、社会的に、そして何より論理的に「白黒」はついているのだから。その意味でも今後はこうした「レポート」が多くなるだろう。

                   

                  まずは元旦(1日未明)に放送された『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)に出演したウーマンラッシュアワーの村本大輔氏に関する「リテラ」のこちらの記事をご覧頂きたい。

                  記事はこちら→ http://lite-ra.com/2018/01/post-3711.html

                   

                  ここで重要な事は、村本氏は始めからそのつもりで「とある役柄」を沈着冷静に演じ切っているに過ぎないということだ。それは「番組が本当に視聴者(=一般国民)目線で視聴者のために作られているのか」或いは「番組が番組側と出演者各位の予定調和の下に特定の結論に視聴者の意識をを誘導していないか」などを視聴者目線でチェックし、成り行きがおかしいと感じれば「視聴者に成り代わって意義を唱える」という役柄だ。

                   

                  この「○○に成り代わって」というのは社会人の基本であって極めて普通の感覚であり、取り分け「皆さんに成り代わって」事に臨むというのであれば「称賛」されこそしても断じて「非難」される謂れは無い。

                  だからどう見ても「もっと勉強しなさい!」などと言い放った人の方が恥ずかしい。何故なら相手(=村本氏)が「みんなの思いを背負ってそこにいる」という、(公共の電波を使った番組の出演者として)当然の心の嗜(たしな)みにまで思いが至らなかった心の狭量さを自ら露呈させてしまったからだ。

                   

                  但し村本氏はそういう場に於いても決して「視聴者の代弁」などといった直接的な表現やニュアンスを持ち出さず、むしろ「オレはわからない」「オレはこう思う」「オレはそう言いたい」など一人称的な表現に徹することで周囲を混乱させている。

                  それはひとつには「(政治家でもあるまいし)芸人のくせに何様だ」という批判を多少なりとも回避する意味に於いて「破天荒な芸人」として振舞っているということもあるが、同時にに相手の油断を誘い「本音をあぶり出す」効果があることも重々承知しているはずだ。

                   

                  何故そう言えるのか。村本氏自身のツイッターを見る限り、そうとしか思えないし、そうしたことは私自身が過去40年以上ずっとやってきたことでもあるからだ。

                  何れにせよ「学者と称する連中の屁理屈」よりも「命がけの芸人の道理」の方が遥かに有益で魅力的である事だけは間違いない。

                   

                  ※ 余談だが、テレビと言えば正月は報道番組が皆無だが、世界も日本も何事も無いという意味なのか?それとも国民が「正月はニュースなんか見たくない」と言ってるのか?どっちも有り得ない。いったいどういうつもりだ。

                  | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 09:41 | comments(0) | - |
                  NHKと最高裁の悲し過ぎる面々
                  0

                    これは「偏向報道に不満がある」などとしてNHKとの契約締結(=受信料の支払い)を拒否してきた男性がNHKから裁判を起こされ、最高裁がNHKの主張を認め男性に「契約締結及び受信料の支払い」を命じる判決を下したという話だ。

                    参考記事はこちら→ https://news.yahoo.co.jp/byline/maedatsunehiko/20171207-00078964/

                     

                    ここには(本来ならば)2つの論点がある。即ち男性の支払い拒否の理由である「偏向報道」の有無と、「放送法64条に規定された支払い義務」の強制力の有無の2つである。何故ならそもそも「支払い義務発生の根拠こそが偏向報道の回避目的」にあるからで、偏向報道のもとでの支払い義務自体が法の精神にもとる事は明白だからだ。その事は67年前から下記の「放送法の目的」に明記されている。

                     


                    第一条 この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
                    一 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
                    二 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
                    三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

                     

                     


                     

                    つまりNHKが「放送の不偏不党、真実及び自律」を実現出来ていない限り、(本来ならば)放送法を盾に受信料を徴収する資格や権利すら発生しないということで、そればかりかその事が「社会の害悪」と見做されれば(国民の総意に基づいて)解体さえ余儀なくされるかも知れない大問題なのである。

                     

                    一方でNHKが近年「不偏不党」とは言えない根拠は、前会長の「政府が右と言うものを左とは言えない」発言を筆頭に、ニュース番組の内容や国会中継の扱いなど、挙げ連ねれば山ほど有るだろう。

                    それらの謂わば「政治がらみの放送」の占める割合は(時間的には)全番組の中では僅かかも知れないが、逆に公共放送の役割、存在意義は「政治や社会の動向を(手心を加える事なく)可能な限り正確に伝える」事に尽きると言っても過言では無く、文化や芸術、スポーツやカルチャー、娯楽などは文字通り二の次、三の次で、少なくとも公共放送ならではの役割とは言えない。何故なら、それらは(経済効果は伴っていても)国民の安全安心に直結したものとは言えず、緊急性に乏しいからである。(その証拠にひとたび大規模災害が発生すれば、それらの番組は問答無用で退けられるのが常だろう。)

                     

                    つまりこの件に関してはNHKは限りなく「黒」に近いのであって、それが解っているからこそNHK側も最高裁側も、それが「男性の支払い拒否の根拠」であるにも関わらず「完全無視」を決め込んでいるとすれば、人として余りにも愚かしく、悲哀を感じずにはいられない。

                    因みにNHK経営委員会の人事権は国会、最高裁裁判官の人事権は内閣とされているが、安倍一強、与党圧倒的多数のもとではどちらも実質「安倍人事」と言え、そうなるとNHKと最高裁は互いに気心が通じ合っていると思われても仕方がないが、実はそのこと自体が本当は国の根幹を揺るがす大問題と言える。

                     

                    つまり「司法の独立性」「公共放送の独立性」共に有名無実と化している事を結果が示しているということで、だとすればいよいよ以って残された道筋は「政権交代」しかないだろう。

                     

                    | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 08:24 | comments(0) | - |
                    新聞、テレビの「情報操作」の見本
                    0

                      衆院選公示から僅か2日にして、早速新聞、テレビ各社が「当落予想」なるものをタレ流しているようですが、これぞマインドコントロール、大衆煽動の見本と言って良いでしょう。何故ならその「根拠」とされるものについて、受け止める側が(情報の信憑性を含め)真偽の確認のしようがないからです。

                      ただ新聞はイザ知らず、テレビに於いてはそれを報じた後の、キャスターの一瞬の「表情のこわばり」によって、そうした情報が「理不尽で不適切なもの」である事を感じ取ることが出来ます。

                       

                      例えば「当落予想」で「自公圧勝」などと報じられれば、賛成派は勢い付き、逆に反対派は気持ちを削がれて「意気消沈」とまではいかないにしても、心理的にダメージを受けることは間違いなく、その結果「(行く、行かないを含めた)投票行動」そのものに影響を及ぼすことになるかも知れませんが、そうなるとこれはかなり悪質な「選挙妨害」ということになります。

                       

                      「悪質」というのは、メディアが大衆に対してあくまでも「公平、平等を装っている」点に集約されます。しかしメディア自体が「営利目的を持つ企業」である限り、各メディアにはそれなり「希望する選挙結果」が存在し、それが必ずしも大衆の期待する結果と結び付くものとは限りません。であれば、そうした自社の立場を明確に打ち出せば良いだけの話に思えますが、それでは逆に「マスメディア」としての地位が危うくなります。

                       

                      そのため結果的に「表向きは大衆(=視聴者)のための公平、平等」を装い、その実「自社にとって有利な方向へ視聴者を誘導」せざるを得なくなりますが、これはハッキリ言って「騙し」であり、事と次第では視聴者に対する明確な「背信行為」となるでしょう。

                       

                      このような不条理を解消するには、メディア自身が自社の企業体質や経営理念を抜本的に見直す以外になく、現状ではどうなるものでは有りませんが、少なくとも私たちには「新聞、テレビには大衆煽動の意図が有る」という認識を持ってニュースを見聞きする必要が有るということです。

                       

                      つまり「新聞、テレビの当落予想に食いつくな、信用するな」ということです。それは単なる「情報操作」に過ぎません。

                      | 青少年の味方の人 | NHK・マスコミ | 09:31 | comments(0) | - |
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