青少年の何でも書き込み寺 (大人も可)

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2017年、明けましておめでとうございます
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    「今年も皆様にとって良い年で有りますように」と軽々しく続けられる状況でないのが残念です。何故なら「良い年」とは降って湧いてくるものではなく、個々の努力によって手繰り寄せて来なければ得られないものだからです。しかも「努力」とは、思い思いの好き勝手な目標に向かって行われるものを含めず、人として真っ当で正しい「共通の目的」に向かって為されるものでなければ意味が無いことも、既に判明しております。それは平たく言えば「みんなで良くなろう、みんなで良くしよう」という、全地球的なバランス感覚に基づき、例え「神の目」から見ても整合性の取れたものでなければ「有効な努力」とは認められないものです。

    人間にはそれを容易にするために(誰にでも)「理性と感情」が備えられており、その割合を7:3以上に保つ事によって「人間性」という普遍的で何物にも代えがたい指針を誰しもが持てる様になっています。それが証拠には、人間は子どもの頃には「童心」という理想的な向上心の形で、皆それを携えております。現在の状況として、(抵抗力が乏しいのを良いことに)それを片っ端から破壊して行くのが「悲しすぎるほど罪深い大人たち」となります。そんな不愉快な話は、本当にいい加減今年限りで終わりにして欲しいと思います。

     

    そのような中で、今年はある程度の「達観」と「諦観」が必要になろうかと思われます。何故なら私達が「より良い世界」を目指して進む方向性は、既に決まっているからです。故に問題はそれに気付き、流れに乗れる人と、未だそれに気付くこと無く、流れに乗り遅れる人とに人々が二分されてしまうであろう事だと思います。

    私達は残念ながら「他人の首に縄を付けて引っ張って行く事は出来ない」のです。それが「達観」であり「諦観」であるという事です。

     

    せめて一人でも多くの人が「気付き」を得られます事を。

    | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 09:41 | comments(0) | - |
    「人間の特徴」とは何か
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      それは1に人間性(=品格)、2に知性(=論理的思考)であって、国も社会もそれによって成り立つものと考えて誤りでは有りません。従って国が国民教育を以ってより良い国作りに積極的に関与しようとするなら、この2点が事足りるような教育でなければ意味が有りません。但し日本は長らくこうした観点による教育のスペシャリストを養成する事を全くと言っていいほど行なって来ませんでした。実際、今の教育現場で「人間性」について正しく教えられる教職員がどれほどいるかを考えて見れば、状況は絶望的であることは申すまでも有りませんが、取りあえずそうした「価値観の大転換」が急務であるということです。

       

      翻って現社会は、下品で反知性的な人々が大手を振って罷り通っています。何故そのような「人間の特徴」から外れた人々が社会の主流と成り得るのかと言えば、そのようにマインドコントロール(=教育)されて来たからです。その方法は至極簡単で、「品格や知性じゃメシは喰えない」「時には他人を踏み台にして分け入る押しの強さが必要だ」として、実際にそういう人間を厚遇し、品格や知性を重んずる人々を冷遇して見せれば良いだけの事です。また「金の亡者」のような人間をセレブ(上流階級)として持ち上げて見せ、あたかもそれを「社会的な価値の基準」の様に錯覚させれば良いだけの事で、その際その人間の「品格や知性」云々は一切タブーとします。

       

      こうして私達は謂わば「金権主義」というミクロ的な視野の中に押し込められ、それによって社会全体がどうなるのか、或いは社会の未来はどうなって行くのかなど、マクロ的な視野から遠ざけられた上で、「この世は弱肉強食の生存競争」などというトンデモナイ概念を受け入れさせられるハメに陥ります。もちろんこれは「出来レース」で、勝者敗者は最初から決まっていますが、少なくとも「結果は自己責任」と思わざるを得なくなる土壌や環境は整っていますから、誰にも文句は言えない事になります。

       

      ところで政界、財界にも多大な影響を及ぼしつつ、日本をこうした「下品で反知性的」な方向へ導こうとする「日本会議」なる組織が「神社本庁」を要として存在するとの事ですが、もし本当だとすれば驚きです。何故なら「神社本庁」は元々天皇を中心とする「国家神道」の再興を目指しているとの事ですから、その御祭神は日本国の守護神である「天照大御神」であり「八百万の神たち」であるはずです。では、その神様たちが日本社会の今現在の「下品と反知性」の有様を望んでおられるとでも言いたいのでしょうか。在り得ないでしょう。逆に神の逆鱗に触れるのが関の山ではないでしょうか。

       

      人間に相応しくない思想、及び構造物は、ほどなく瓦解、崩壊する運命に有りますが、おそらく表向きは自滅、或いは内紛、即ち内部崩壊の形を取ることになるでしょう。

      | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 10:05 | comments(0) | - |
      程なく「受難の日々」が来るでしょう。
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        それはもちろん「悪意を持つ者」に対してです。理由は「霊界では既にそうなっている」からです。そしてこの場合の悪意とは「自己中心思想」の事です。当然、そこにはそうなる仕組みやからくりが有りますが、最も重要な根拠は「既に霊界のコントロール下にある」ということに尽きます。その顕著な現象としては「こんなはずじゃなかったのに」という様な「目論見や皮算用の瓦解、崩壊」があり、「何か変だな」と感じた時には、既に手遅れかも知れません。しかしこれまでにも散々警鐘は鳴らされて続けて来た訳ですから、それも同情には値しないと思います。

         

        そもそも対象となる人々は、これまで散々っぱら「この世の春」を謳歌して来た様な人々で、「自分には能力が有るから」と自らを正当化してきた様な人々でしょうから、その「能力」とやらで最後まで自分の考え通りに生きれば良いと思います。但し出来るものならば。

         

        一方で「善意有る人々」に於いては、元々「多少の苦難は織り込み済み」の人生と思われますので、より一層の「辛抱の心」を以ってこの時代を乗り切る意気込みをしっかり持って頂ければ、必ずやその先に光明を見出す事が出来ると確信しています。

         

        他のあらゆる動植物がそうである様に、人間にも「人はかく有りなん」という望ましい在り方が想定されていて、そこから逸脱する者に対しては「原因結果の法則」に基づいた処遇が適用されるのは、実はこれ以上無いほど当たり前の事です。従ってもし「人間にはそのような制限、制約、枠に類するものは全く無い」ものと考えているなら、それはそのまま「神よりエラい」と考えている証拠と見做されます。

         

        つまり「自己中心思想=神よりエラい」と考えて間違い有りません。その考え方に本当に不都合が有るのか無いのか、今一度冷静に考えて見るべきだと思います。(自己中心な人々が最後には必ず名指しで神を罵る事を私は知っています。)

        | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 11:20 | comments(0) | - |
        「霊主体従」を地で行くという事
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          今日になってようやく体温が37度代で推移している様ですが、まだまだ平常とは言い難く、だからと言ってその間、(責任上)ただの一日足りとも安静、安楽な過ごし方が許される訳でも無く、鎮痛、解熱、強壮薬の類で苦痛が緩和出来る訳でも有りません。それは既に40年以上にわたって私が貫徹してきた自分としては慣れ親しんだ生き方で有り、珍しくも何ともないのですが、20代、30代はまだしも60代に至っては、体が悲鳴を上げているのが(客観的には)良く解ります。しかし残念ながら、それが「霊主体従」という在り方を地で行くという事なのです。何故なら体というものは(例え論理的に正しい事でも)悲鳴を上げたり拒絶したりする事がしばしばあって、そのため霊的な停滞やダメージが生ずる事が良くあるのです。増して「老化」という要素は、私にとって新しい局面でも有り、それに対してより注意深く対応して行く必要があるものと考えています。それに私の場合、自分の経験値はすべてデータ化しており、それによる「原因結果の法則」の実証がひとつの目的ですから、思い付きや気分で安易に変える事が出来ないという事情も有ります。

           

          思うに私の体は、長年良く従ってくれていると思います。霊的な魂は永遠のものであるとしても、物理的な体にして見れば確かに「この世一代限りの存在」なので、その意味では本当はもっと「好きに生きたかった」のかも知れませんが、そうも行きません。「霊主体従」は法則であり掟なのですから。

          但し、誤解の無い様、一生を通じて私の様な「難行、苦行、荒行」を地で行くケースは特殊であって、特別な目的を持さない普通の人生に於いては、そこまで体を追い込む必要は生じないはずだとは申し上げておきます。ただいつも人間らしく「少しだけがんばって」もらえたら良いのだと思います。

          | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 23:50 | comments(0) | - |
          何故「変動、変化」の次に「瓦解、崩壊」なのか
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            それは、いきなり「瓦解、崩壊」では唐突過ぎるからに他なりません。それでは皆さん、実際困るでしょう。しかし事前の「変動、変化」を経験することで、私たちは物事の方向性や先行きをある程度予測することが可能になります。つまり「物の順序」としてそうなっているのですから、私たちは最大限それを活かさなければなりません。

             

            しかし、ここで多くの人たちはまた、よくある過ちを犯すことになります。それは毎度お馴染みの「人間は自分の都合の良い様に物事を考えたがる」という過ちです。それはこの場合、「変動、変化の後には再び安定、平穏が来る」と期待することになります。つまり「起きては困る様な想定は最初から持たない、認めない」ということですが、それを可能にするためには或る条件が必要です。それは「決して物事を論理的に理解しない」というものです。それを世の中では「日本人の知性の崩壊」と呼んでいるようですが、特に近年は一般人は元より「学者、ジャーたリスト、メディア関係者」などの間にも広く蔓延している現象とされています。

             

            昨日も申し上げた様に、(国際社会も含めて)私たちの社会は現在「間違った軌道上」に在り、もし幸福な社会を追求するのであれば、この先「大幅な軌道修正が不可欠」となるであろうということです。但しそう言われても、そこでその事の意味を「論理的」に理解しようとしなければ、チンプンカンプンで、逆に「今順調に金儲けが出来ているのに何が悪い?」という話にしかなりません。(別に特定の個人が金儲けが出来ている事と社会の是非とは関係ないのですが)そういう人はどうしても理解出来ない様です。

             

            地球にはある種の「自浄作用」が有りますが、それは「人為的な汚染」であっても働きます。また、それは「社会構造」や「思想的な汚染、汚濁」の際にも働くものと考えてください。何故なら人間はそれほど「地球」そのものの維持、管理に影響が大きい存在だからです。

            そのような視野と展望の下に現在を見る時に、私たちがどれほどの「瓦解、崩壊」を想定すべきであるのか、自ずと判明するはずです。(どれほどの被害を被るかは、正にコントロール次第です。)

            | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 12:06 | comments(0) | - |
            2017年は「瓦解、崩壊の年」となるでしょう。
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              2016年は「変動、変化の年」と申し上げて来て、これまで盤石と考えられて来た様々な社会構造に亀裂や歪みが生じ、その結果多くの問題点が浮き彫りにされる事となりました。しかもそれらは、どの問題を取っても思いの外根が深く、微調整やお定まりの修正を加える程度で改善される様なレベルの話では無く、国も国際社会も共に「抜本的な見直し」を迫られる事は必定です。それは言い換えれば私たちが過去何十年(或いは何百年)にもわたって「誤った軌道の上」を進んできてしまった事を物語っています。しかし道はこの先で終わっており、後は奈落の底へ落ちるのみとなります。

               

              2017年は幾多の「軌道修正」が試みられますが、これが抜本的なレベルで行われるためには、その過程で「時代に則さないものは淘汰される」事となるはずです。それが官民問わず組織であれば丸ごと消滅するか、または半数以上の部署が不要とされる事になるかも知れません。

              特に今年の「変動、変化」が自分に取って少なからず不利益をもたらしたと感じている人々は要注意です。何故なら、それに続く「瓦解、崩壊」であるからには、その「延長線上」にあるものと考えるのが妥当だからです。この場合もし、ダメージを最小限に抑えたいと願うなら、唯一「英断を以って自ら動く」ことが考えられます。そうすることで「最低限のコントロール」を保持する事が可能となり、「瓦解、崩壊」の渦に巻き込まれモミクチャにされることだけは避けられるかも知れません。

               

              とにかく来年は「抜本的な流れを読み先手を打つ」事が重要となります。(小手先の技は全く通じません。)

              また、物理的な事物の「瓦解、崩壊」に対しては、言うまでも無く、引き続き継続的な備えが必要だと思います。

              | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 10:58 | comments(0) | - |
              霊層を上げて危険に備える
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                霊層段階が相当に高度であれば、ほぼ霊界とシンクロ出来るようになり盤石と言えますが、そうでなくとも人的なアクシデントによって被る不利益や被害を未然に防ぐ事は十分に可能です。何故なら、相手との関わり方や問題の対処の仕方を誤るのは「判断を誤る」からで、その判断を誤る理由は「相手の事が分からない」からです。

                 

                ところが「霊層」を相手より上げれば、(例え心の問題であっても)物理的に「上から見下ろしている」のと同じ様に「相手の事を見通している」ことになります。つまり相手の裏も表も本音も建前も関係なく、そのまま理解出来るということです。

                そして「霊層」を上げる事のもうひとつのメリットは、(心の負荷が減る分)非常に高い回転数で心が働くという事です。これは場合に依っては相手の数倍〜数十倍に達する事さえ有りますので、そうなると相手の動きの一つ一つがスローモーションさながらに、手に取るように分かるようになります。

                 

                もちろん自分の動作が相手より物理的に高速になる訳では有りませんが、人間は常に心の決定が先行し動作がそれに続く訳ですから、それで十分相手の動きに対して先手を打つことが可能となるのです。

                人間は常日頃、よほどの事が無い限り、自分を「のろま」などとは思わないと思いますが、いざ、自分が「霊層」を上げて見ると、それまで如何に自分が「のろま」であったかを痛感する事になると思います。本当にそれほど違うものなのです。

                 

                但し「霊層を上げる」という事自体は「自分が危険を回避する目的」として達成されるものでは有りません。それは人間としての義務でもある「心の成長」の結果であって、その目的は(次世代の人々も踏まえて)「みんなが幸福になるため自分の今出来る責任を果たす」というものでなければなりません。

                その結果として、或いはその手段、方法のひとつとして、「人的トラブルやアクシデントの素を的確に察知し、それらを未然に防ぐ」能力が備わるものと考えるのが正しい認識です。

                 

                因みに「人的アクシデント」の中には「戦争」なども含まれます。その意味でも世界の指導者たちが「霊層を上げて問題解決に取り組まれる」事を念じて止みません。

                | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 11:49 | comments(0) | - |
                「成長」とは何だ?
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                  ※ 以下、私の別ブログからの転載記事です。途中パーセンテージ表記の証明不可のため、カテゴリーが「証明できない?」とされています。

                   

                   

                  経済成長、成長戦略などと聞くと、それが我々にとって必要な事で何か良いことの様に思われるが、それは本当だろうか。

                  まず「成長」という言葉には「子どもの成長、苗の成長」などに見られる様に「絶対的に必要で正しい事」という意味合いが含まれるが、社会ではほぼ「経済発展」の意味として使われている。

                  一方で「成長」とはあくまでも「成熟までの過程」を示す言葉であるからには、永遠に成長し続けるというイメージではなく、「成熟」を以って完結すべきものと言えるはずである。にも関わらず、この「経済成長」という概念に限っては、何か未来永劫に必要なテーマとして扱われているのは何故だろう?

                   

                  それは「経済」というものがあらゆる意味で「利己的概念」として用いられているからに他ならない。例えば家庭に於いては「家族の利益」、国家で言えば「国益」という様に、話はすべて単位ごとの損益に集約される。だとすれば、家庭にあっては家族全員が社会的に(収益性の高い)優位な地位に付く事が経済発展の由縁となり、国家にあっては国際的に出来るだけ多くの(産業基盤としての)土地や人的、物的資源活用の権利を取得出来ることが望ましい事になる。その意味での象徴的な形が、過去の「大国による植民地政策」に他ならない。そこには他人の権利を尊重し、十分な配慮を行なうという基本姿勢は皆無で、単位ごとの「利己的目標」の達成のためのノウハウしか存在しない。しかもそれが「正しい」とされるのが「経済」という概念である。

                   

                  ここから解る様に「経済成長」とは自分以外の他人の所有物が存在する限りは終了しないものなのだ。何故なら、現在の他人の所有物は未来の自分の所有物となる余地が十分に考えられる、いわばそれ自体が格好の努力目標と見做されるからだ。そしてそのために必要なのは「冷酷で思いやりの欠片もない人柄」か、または「ある一面で信じられないほど欠如した想像力」ということになる。少なくとも「経済成長」の音頭を取る連中は全員そうでなければならないし、その下で働く人々は、上の連中がそういう人間であることにも気が付かないほど「ボケている」か、自分を「自己暗示に掛ける達人」または自分も「早くそうなりたい」と、そこに夢と希望を託せるゴリゴリの「利己主義者」以外に考えられない。これら、何れも人格の欠損が見られる人々をすべて合わせると、概ね日本人の75%に達するだろう。(症状の浅い人たちは一刻も早く抜けた方が良い。そうなれば比率は43%まで回復するはずだ。)

                   

                  そもそも何のための「経済成長」で、誰のための「成長戦略」なのか、少なくとも今様々な事情で困窮している多くの人たちには何の関係もなく、それよりも「富の再配分」「労働の適正評価」など直近の課題に対して真摯に取り組んでくれる様な人格に問題の無い議員を選挙で選ぶ事をもう少し真剣に考えるべきだと思う。もし選べるような候補者が思い当たらないなら、まず国民と国会をないがしろにする度重なる強行採決に加担した国会議員全員を落とす方向で検討して構わないだろう。

                   

                  今後は「経済成長」などという如何わしい言葉に騙されてはいけない。正しくは「経済膨張」であり「膨張戦略」だろう。

                  | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 11:52 | comments(0) | - |
                  「繋ぎや当て馬」で何が悪い
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                    11月27日に「霊界のキャスティング」という記事を書きましたが、その中で自分が(社会や世の中に対して)「本命、繋ぎ、当て馬」または「主役、脇役、端役」である事のいわゆる「キャスティング」の意味は殆ど無い旨を強調致しました。そして同時にその時々の「自分の思い(=想念)」こそが最も重要で「霊的評価」の対象である事も申しました。

                    何故今、敢えてそれを話題にするのかと言うことですが、多くの人が「功績(=出来高)のみ」で人を判断しようとすることが、他人に対する評価の誤り、ひいては社会の現状の読み違いなどをもたらし、都度の適切な対応に遅れや悪影響を及ぼす恐れがあるからです。

                     

                    例えば私たちが「あの人が本命だ」と思う裏には、その人間の「完成度の高さ」を暗に示している場合がまま有ります。つまり固定観念として「能力が高く完成度が高い人が(リーダーとしての)本命」と判断する向きが有ります。

                    しかし、そのような先入観には「落とし穴」が有ります。即ち評価を受ける側からすれば「他人からそう見える様に演出すれば良い」というだけの事で、それでは実体とは無関係に「演出力の高い方が本命視される」というだけの話となります。(より深い部分の見極めはメディアを媒体とする限り困難でしょう。)

                     

                    ところで実際には「本命」と覚しき人間が、必ずしも「完成度の高い人間」と他人の目に映るとは限りませんし、「繋ぎや当て馬っぽい」ことが、即「除外」の対象とされて良い訳でも有りません。つまりこの時点で(イメージ的に)「完全無欠、オールマイティ」を求めている事自体が土台「欲張りで虫のいい話」だということです。

                    私たちにとっては本来「喫緊の課題」に最も相応しい人物であれば良いはずですが、「せっかくだからアレもコレも」と欲張る事で物事を見誤り、挙句騙されるハメに陥ります。

                     

                    自他共に、その役割が「本命であれ、繋ぎであれ、当て馬であれ」ニーズに見合っていればそれで良いのです。因みにもし、私が「当て馬」であったなら懸命にその役割を果たしたいと思います。何故ならそれが唯一無二の私の立場に相違ないからです。そしてそれが「みんなで良くなること」と確信出来るからです。

                     

                     

                    | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 13:01 | comments(0) | - |
                    霊界の決定は必ず結果する。
                    0

                      今年の5月13日に「政権はボロボロです」という記事を書きました。5月30日には「外圧にとどめを刺される」旨を書きました。更に9月27日には「黒船方式(=外圧)」に触れました。

                      このところの「安倍政権による法案乱発と強行採決の嵐」の暴走振りには、目を覆うばかりのものが有りますが、これは飛行機で言えば、既に「全エンジンが停止した後の(墜落寸前の)滑空状態」と例える事が出来ます。そうでもなければ「形振り構わず恥も外聞も無い独裁者丸出しの見苦しい姿」を国民の前に晒す必要は無く、従来の如く「笑顔でこっそりと騙し騙し」やれば良いだけの事です。つまりもはや後がないのです。(それが証拠に騙しの切り札だった「アベノミクス」などどこかへ吹っ飛んでしまいました。)

                       

                      わざわざ自分の過去の記事を引き合いに出したのは、別に「この状況を私は何ヶ月も前に予測していましたよ」などと自慢したいからでは有りません。ただ、皆さんに知って頂きたいのは「霊界の決定」は絶対で有り、一定のタイムギャップの後に「必ず結果する」ものだということです。(人の死が顕著な例です。)

                      但し「決定前」であれば、人はより良い形で如何様にも未来を作っていけるものなので、自分のためにも霊界からのそうした「警鐘、警告」を無駄にしないで欲しいと願うばかりです。(半年前には既に手遅れという事もまま有ります。)因みに「ホトケの顔も三度」「三度目の正直」とは、その事を表す人間の経験智です。

                       

                      現実問題としては、現政権がいくら焦って「法案を成立させても全くの無駄」に終わり、それらは満足に機能する間も無く、改めて廃案、改訂される運命となるでしょう。(当然です。国民の誰も望んでないものですので。)

                      しかし今現在も多くの子どもや若者たちが「大人たちの無理解や過ち」に依って苦しめられているという現実は、とても静観出来るものでは有りません。私たちが今すぐ出来ることは「一刻も早く過酷な競争原理による締め付け」から解放して「自由で伸び伸びとした生育環境、労働環境」を用意してあげる事だと思います。それは大人が「盾」となる気持ちさえあれば、今日からでも出来ることだと思います。

                      昔から「子どもがおかしいのは大人がおかしいから」に決まっていて、そういう事を「常識」と言うのです。つまり保護者はもとより昨今の行政や教育関係者は、こぞって「常識が無い」事になります。

                       

                      「常識」と言えば、「霊界」の話は当然全て「理に基づいている」訳ですから、全てが「常識の範囲」に収まっていると言え、逆に「突拍子もない話」など一切有りません。それに比べれば「競争原理が社会の常識」などの話は、論理的には「人類滅亡」を示唆する話であって、正気に帰れば「限りなく突拍子もない話」と言えます。

                      皆さん、是非「世の中が何と言おうと変なものは変」として、正しい「常識」で生きてください。よろしくお願いします。(それは「変な人」からは変に思われるでしょうが、大方の人からは喜ばれるに違い有りません。)

                       

                      | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 11:16 | comments(0) | - |
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