青少年の何でも書き込み寺 (大人も可)

世の中や生き方についての疑問、質問など、何でも受け付けます。コメント欄(Comments)に書き込んでください。

ただ言いたいこと、書きたいことを書くだけでもOKです。(その場合は「コメント不要」と書き加えてください。)

当然ですが、法に触れるようなことは公表できません。また、他人の実名入りなども同様です。
そのような内容はメールでお願いいたします。(プロフィールにあります。)

なお、本名での書き込みはプライバシー保護のためお勧めしません。(ハンドルネームなどご利用ください。)

※当サイトは基本的にリンクフリーですが、貼り付け先等ご一報頂ければ幸いです。
世の中を良くしていくための秀逸な切り口
0

    以前にも当ブログで紹介させて頂いたアンドレ・ヴィチェック氏の新しい記事を「マスコミに載らない海外記事」で目にするに付け、その秀逸さに甚く感銘を覚えたので紹介させて頂きます。

    記事はこちら→ http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-a907.html

     

    タイトルは「欧米マスコミの支配、堕落と原理主義」というもので、かなりの長文にも関わらず、無駄な言葉の一言一句も感じられず、筆者の切実な思いが(訳文にも関わらず)ほぼダイレクトに伝わってくる秀作に思えます。(危険を顧みず文字通り体を張って取材活動に従事する人ならではのものかも知れません。)

     

    中でも私たち日本人にとって特に重要と思われるのは、次の一節です。

    〈欧米は決して反対意見を許容することができないように見える。欧米は完全で無条件な服従、絶対的屈服を要求するのだ。欧米は宗教的原理主義者とグローバル悪党の二役で活動している。しかも事態を一層酷くするのは、欧米諸国民は、余りにしっかり教え込まれているか、余りに無頓着なのか、あるいは、その両方で、自分たちの国々や‘文化’が世界の他の国々に対して一体何をしているかを理解することができないように見えるのだ。

     

    上の引用文の前段は、欧米列強が植民地支配や新植民地政策を始めとして、長年他の多くの地球上の人々に対する差別的支配を(今もなお)続けている事を指摘しており、後段の太字部分では「そういう国の国民に限って(世界の実情が)何も見えていないし何も解っていない」と指摘されています。

    その後段の「欧米諸国民は」を「日本国民は」に置き換えて見ると、それは正に今の日本の実情そのものと言えます。何故なら日本政府が長年「欧米列強のスタンスを100%支持してきた」からです。(正確にはほぼアメリカの傀儡。)

     

    ですからこういった国際的な記述に触れる際には、日本は決してフェアな立場ではなく、それどころか(歴史的に)紛れもない「欧米列強の一味である」という認識が最低限必要な認識ということです。

    | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 10:20 | comments(0) | - |
    オリンピックを政治利用して何が悪い?
    0

      平昌オリンピックが韓国と北朝鮮によって、南北融和路線を目的に「政治利用」されているとの批判的な報道が為されているようだが、そうした論調はあたかも「オリンピックを政治利用してはならない」と言っているようにしか聞こえない。しかし果たして今まで「まったく政治利用されなかったオリンピック」など行われた試しがあったのだろうか?

       

      例えばその昔「オリンピックは(勝ち負けではなく)参加することに意義が有る」と言われた時代があったが、既にそのこと自体が「参加することによる政治的意義が有った」のだろうし、それ以外にも「国として参加、不参加の意思を示すことで政治的アピールを掲げるケース」は過去にもあった。(モスクワ大会、ロサンゼルス大会など)

      またオリンピックが商業主義に転じてからは、経済効果への期待から国や開催都市による「経済政策」に積極的に「政治利用」されているのではないだろうか。(そうでなければ誘致に賄賂が飛び交うわけもない。)

       

      つまりオリンピックは昔からしっかりと各国の国策や思惑が絡んで「政治利用」されて来ており、そのことを以って批判するのは当たらないばかりか、曲がりなりにも「平和の祭典」などと呼ばれているのであれば「南北の融和や緊張緩和」は、むしろオリンピックの主旨に沿うものという見方さえ出来よう。

      となればそうした批判の裏側には「南北が勝手に融和、統一路線に舵を切るのはけしからん」といった「南北の緊張関係を存続させたい輩」の理不尽な言いがかりが見え隠れしているように思えてならない。

      これは日本が今の朝鮮と同じように「70年余りも東西に分断されている状態」を想像して見れば一発で解るはずだ。

       

      余計なお世話だ!

      | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 11:41 | comments(0) | - |
      76億人も76人も同じで何が悪い?
      0

        世界の人口は現在76億人との事だが、そこには当たり前のように暮らし向きや生活環境の地域格差や階層格差が有り、ある資料に拠れば世界の人口の概ね30%に当たる人々が「貧困状態」にあるとされている。これは例えば小学校の或る学年で25人編成のクラスが3クラス有るうちの、ほとんど丸々1クラス分が「貧困状態」という状況と同じで、ただ教室の隣り合ったお互い顔見知りの人たちと、世界中の行ったこともない国の見たこともない人たちとの違いが有るに過ぎない。数だけの話であれば「全体の30%」は到底看過できる割合とは言えない。(しかも「貧困」の目安となる生活水準の世界標準は一日当り120円〜240円付近がリミットとされていて、それ自体が日本の感覚からすると低すぎる。)

         

        例えば前述のクラスのような76人のお互い顔見知りの社会で、それぞれが自分の取り分を少しでも増やすことだけを考えたり、困窮する他人の事を「努力が足りない」だの「自己責任」だのと冷たく言い放ち見向きもしなければその後いったいどういうことになるかぐらいは誰だって想像が付くだろう。即ち76人の関係性は極限まで荒れ果て、抗争や騙し合いが絶えず、遂には死人さえ出ることになるだろう。それは今現在世界で起こっていることのミニュチュア版に他ならない。

         

        誰だってたった76人の中ではさすがに「それはまずい」と思う。故に自己主張も「チマチマしたイジメ」程度で収まっているとも言えよう。だがそれが760人だったら、7600人だったら、7万6千人だったら、そして遂には76億人の下では堂々と「己の欲望を謳歌し満喫して構わないと考えるバカ」がいる。

        先程も言ったように、同じことを76人の中でやれば死人が出るとすれば、76億人の中で更にスケールの大きなことをやれば更に多くの死人を(自分が)出していることぐらい解りそうなものだが。

         

        要は「76人の中でやれない事は76億人の中でもやってはいけない」という話だ。その中で己の欲望のみを追求すれば、(法的にどうあれ)結果として有限な資産を不当に独占することとなり、その分他人が貧しくなり追い詰められ、やがて命さえ絶たれる事になるのは明白だ。

        これは「無神経」で済まされない問題で、そこまで冷徹、もとい冷酷になれるのは「悪魔とその手下の人間」ぐらいなものだろう。

        | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 10:11 | comments(0) | - |
        目まぐるしく移り変わる世界
        0

          ビットコインを中核とする仮想通貨周辺の動きなど、その最たるものでしょう。いっときは「反グローバリズムの象徴」として持ち上げられ大いに期待を寄せられたビットコインですが、そもそもの発想の出どころが米・国家安全保障局(NSA)であったことや、ビットコイン全数の97%がたった4%の人々(アドレス)の手中にあることなどが最近明らかにされてきた事により、その評価も著しい変化を余儀なくされているように思います。

           

          またAIやロボット技術の著しい進歩は、もはや全自動運転車(ロボットカー)なども実現可能としていますが、その際絶対にやってはいけない事が有ります。それは「自己保全プログラムの搭載」です。

          これは人間で言えば「防衛本能」に相当するもので、自我の根源となり得るものと考えて良いでしょう。もしロボットが「自己保全」に終始するなら燃料補給やメンテナンスを自前で行なうばかりか、(学習の結果)最終的には人間はスイッチも切らせてもらえなくなり、もし切ろうとすればロボットから「敵」と見做されるに違い有りません。

          科学者は「考えもなく核爆弾を作ってしまうような迂闊な連中」でもあるので、今度はロボットにどんな「悪の因子」を埋め込んでしまうやも知れません。(このことは既に過去記事「鉄腕アトム」と「アルファ碁の話」で警鐘を鳴らしています。)

          このように如何に目まぐるしくとも、物事のポイントだけはキチッと押さえて行かなければなりません。

           

          そう言えばここ地元八王子では相変わらずポスターを良く見かけるのですが、テレビではすっかりご無沙汰となってしまった(元内閣副官房長官)萩生田光一先生は、無事に沈没船から避難出来たのでしょうか。よもや船内に取り残されていない事を地元民として願うばかりです。(ちょうど1年前までは「飛ぶ鳥を落とす勢い」とも思えたのですが。)

           

          このようにして、また1年後には世界は思いも依らない事態となっていることでしょう。

          | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 09:51 | comments(0) | - |
          「陰謀論というレッテル貼り」自体が陰謀だった?
          0

            「カレイドスコープ」の以下の記事の中に「陰謀論(conspiracy theory)」という言葉自体が1967年にCIA(アメリカ中央情報局)によって、ケネディ大統領暗殺事件に対する真相究明の動きを封じるために考案された事が知られているという旨の記述が有ります。

            記事はこちら→ http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-5376.html

             

            また「世界の裏側ニュース」の2013年の記事には、すでにそれと同様の更に詳細な記述が見受けられますので「陰謀論=CIAの考案、意図的な使用」はほぼ事実と見て良いでしょう。

            記事はこちら→ https://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-11626040630.html

             

            つまり「陰謀論、陰謀論者」というレッテルを為政者や時の権力者に不都合な情報や情報提供者に貼る事で、他の本当に荒唐無稽で如何わしく、価値の疑わしい情報と同等に扱い、その信憑性を著しく貶めるという極めて悪魔的な手法がここ50年余り用いられて来た訳であって、それが過去から現在に至る(権力側による反社会的な)「フェイクニュース(インチキ情報)」を側面から支え続けて来たことは言うまでも有りません。

             

            しかしそうした「陰謀呼ばわりするという陰謀」が白日の下に晒された今となっては、もはや惑わされる要素は何も有りません。(欧米では既に半数以上の人々が真実に気づき始めているとのことです。)ただマインドコントロールの結果「寄らば大樹の陰」的生き方に慣れ親しんだ(取り分け日本人のような)人々には、社会的に大きな変革を望むには今度は「自分自身の内面のヘタレ根性」が大きな障害となるでしょう。(自己防衛の意識の高い欧米の人々には余りそうした障害はなさそうです。)

             

            しかしちょっと考えれば判りそうなものです。「生みの苦しみを味わうぐらいなら生まない方が良い」という考え方自体が、完全な「自滅思考」であることぐらいは。また「誰かがやってくれるだろう」というズルい考えも今後は通用しません。何故なら益々世の中がピュアに近づいて行くであろうからです。

            これからは「誰が取り残されるのか」という結果が出る時代です。

            | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 10:28 | comments(0) | - |
            誠実で偽りが微塵も感じられない話
            0

              「マスコミに載らない海外記事」のAndre Vltchek(アンドレ・ヴルチェク)の記事がまさにそれだろう。目からウロコを落とすために(少々長いが和訳されているので)是非一読をお勧めする。

              記事はこちら→ http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-e013.html

              それに比べて今朝の「時事放談」(TBS)の石破茂と増田寛也が揃いも揃って悲しすぎる。心にもない事を言っているのがありありと分かるし、同時に現在の自公政権の限界をひしひしと感じさせる。到底視聴に耐え得るものではなく、本当に勘弁して欲しい。(司会の御厨貴の死んだ顔も印象的だ。)

               

              ところで冒頭のヴルチェク氏の記事には彼の(真実を知るための壮絶で凄惨な)取材体験に基づく多くの報告と告発と提言が込められている。文中にもあるように彼の「人間、芸術家、思想家として、常に立場をはっきりさせるべきだ。‘バリケード’のどちら側に立っているのかという自分の位置は、明快で正直でなければならない。そうでなければ、ウソつきになる。」という思いの丈が(翻訳文でありながらも)明確に伝わってくる内容で、要点と思われる部分を以下に書きだしてみる。(太字表記は管理人による編集)

               

              世界中で暮らす人々の‘心をつかもうとして’常時競合している二つの平行する現実が実際に存在するのを、たまに自覚するのは良いことだ。本当の生活と‘偽の生活’が存在しているのだ。現実と、現実そのものより現実らしく見える巧妙に作り上げられた似非現実が存在しているのだ。本物の果物より本当らしい香りがする化学的に製造された青リンゴ・シャンプーのようなものだ。

               

              “真実に出来るだけ近づかなければならない。近づき過ぎると、死ぬことになる。”は、その通りだ!

              真実に出来るだけ近寄るためには、人は素早く、断固、一定の精度で、明らかな失態をさけて行動しなければならない。

              身の回りの人々が自分を信じていてくれる必要があり、自分も、誰を信じ、誰を避けるべきかをわかっていなければならない。

              独力でやるか、少なくとも大半の時間、独力でやらなければならない。

               

              良いものである場合、決して単なる‘報道’ではない。それはジャーナリズムを遥かに超えるか、さもなくばたわごとだ。していることには何らかの優雅さが必要で、哲学と人道的なものや、背景やとイデオロギーや情熱もたっぷり必要だ。

              こうした仕事には‘客観性’などない。客観性というのは、主流メディアが流布している幻想、おとぎ話に過ぎない。しかし、決してウソを言ってはならない。目撃し、語らねばならないことを、そう言うべきだと思う形で語り そうしながらも、読者や視聴者に、自分の立場を正確に伝える義務がある。

               

              苦く本質的な真実はこうだ。たとえ自分の命の危険をおかそうとも、たとえ酷く負傷したり、心理的に困憊したりしようとも、多くの感謝や支援を期待してはならない。

              (中略)

              これは非難ではなく、人類の存続のために戦おうとしている人々に対する単なる警告に過ぎない。“完全に自力でやるしかない。時にくずおれるのは確実だ。”

              それでも、私は他に意味ある生き方を知らない。私は誰かの人生と私の人生を取り替えようとは思わない。

               

              世界は全く違っていて、聞かされているより、実際にはずっとずっと美しく多様だということをお知らせさせて頂きたい。今は炎に包まれている場所の大半さえ美しいのだ。そして、もし平和のままにしておけば、こうした人々は繁栄するのだ。

              世界は、そのために戦うに値する。世界は守るに値する。

              (管理人注釈1:「美しく多様」とは風景のことではなく、人の心と人の営みのことに相違ない。)

              (管理人注釈2:「戦う」「守る」とは武力闘争ではなく「広く識らしめ対峙すること」に他ならない。)

               

              植民地主義は常に悪だ。帝国主義は常に悪だ。いずれかの文化、宗教、あるいは経済の至上主義は、全くいかなる例外無しに悪だ。

              比較的小さな一大陸の国々の集団が全世界を強奪し、自分に都合の良いように形作り、違う肌の色、信仰、価値観の人々を奴隷にし続けるのは全て明らかに間違っている。

              だが世界はそういうものだ。残酷で、不公平で、一つの攻撃的で、強欲で、陰険で傲慢な少数派に支配されている。世界は依然そういう状態だ。繰り返そう、世界は益々そうなっている。

               

              世界を略奪し、奴隷化しようとし続けている連中が流布する“ニュース”や“情報”を決して信じてはならない。ご自分で直接見て、聞いたこと、感じたことだけを信じよう。もし、そういう人々を見つけ出せたら、この世界を愛している人を信じよう。自身の感覚を、自分の内在的論理を、自分の感情を信じよう。

               

              ご自分の目で見るまで、本当に確信するまで、その人々と話すまで、彼らが言っていることを本当に理解するまで、地球上のどこであれ、いかなる外国への爆撃や、経済制裁に賛成投票してはならない。テレビだけ眺めた後で判断や結論を出してはいけない。お忘れなく。似非現実は人を殺すのだ! そして、それは、あなたをその殺戮に参加させたがっているのだ。

               

              世界を自分の目で見た後、それを理解した後、皆様は私に同意されるのはほぼ確実だと考えている。現時点で、この地球上には二つの平行現実が存在している。一つは、本当の人間の生活や物語でできており、もう一つは、世界のただ些細で、巧妙に操作された解釈だ。(本物の)現実は進歩や思いやりや楽観や調和を熱望している。もう一つ(偽もの)は、常に不確実さや無主義や破壊や絶望を広めている。

              連中が“偽ニュース”と呼ぶもののみならず、まるごとが、既存支配体制が作り出し、ヘルメットを被り、防弾チョッキを着て、4WDに乗り、目立つ「報道」記章を付けた男女が支えている‘偽現実’なのだ。

               

              要点を書き出しただけでもかなりのボリュームだが、実際全文を読んで見ても無駄な文言は一つも見当たらないほど内容の濃い記事となっている。当然だ。命懸けの何十年間の思いの丈が、たかだか一文に収まる由もない。何れにせよこうした「誠実な人々」の地道な努力と心の訴えを決して無駄にしてはならないと思う次第だ。(そんなことをすれば罰(バチ)が当たるに違いない。)

               

              「論理は実践によって証明されるものであり、実践によって証明された論理ほど強いものは無い。それらはすべて人ひとりが全身全霊を以って自力で成し得るもの」という真理に肉薄する、たいへん示唆に富んだ文章と思い紹介致しました。(訳者の方に感謝申し上げます。)

               

              | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 07:50 | comments(0) | - |
              今日は2017年の大晦日です。
              0

                皆さん、いつも当ブログにアクセス下さりありがとうございます。おかげ様で当ブログの提唱する「みんなで良くなろう、みんなで良くしよう」という人々の意識が着実に(日本、世界を問わず)社会に根付いて来ているように思えます。それは単純に「独りよがり、独り占めはダメだよ」という子どもでも解る当たり前の話に過ぎないのですが、それに対して頑として応じようとしない「少数のエゴな人々」との対峙は今しばらく続きそうです。

                 

                それらは政治学的には、未だに過去の「植民地支配」の夢醒(さ)めやらず「帝国主義」を脱する事が出来ずに「新植民地主義」による支配に奔走する宗主国及び「傀儡政権」と、そうした(屁理屈はあっても)何ら論理的根拠のない理不尽で不条理な独善的政治支配、差別的経済格差に対して「おかしいものはおかしい」とする(世界中の)大多数の人々との間にもたらされる事となる「対峙」です。

                 

                そうした現状を肌感覚として伝えるという意味で「マスコミに載らない海外記事」というサイトのAndre Vltchek(アンドレ・ヴルチェク)氏の以下の記述は示唆に富んでいると思われます。関心をお持ちの方は一読をお勧めします。(翻訳ですが主旨はしっかりと伝わってきます。)

                http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-5259.html

                 

                私はここでヴルチェク氏の見解が100%正しいと言うつもりは有りませんが、少なくとも日本には(そのままでは)全く入ってこない情報ですから、(安倍政権曰く)両論併記と言うなら、こうした情報に日頃から触れておく必要があるのではないかと思います。

                因みに現在の日本政府の国際的な立ち位置は、新植民地主義を憚らない欧米列強(特にアメリカ)の傀儡政権(と見られても仕方がない)ところのものだと思います。その証拠に(国民ではなく)常にアメリカの反応を恐れ、常にアメリカの顔色を見ながら政治をしています。

                 

                何れにせよ世界が今後は(アジア、アフリカ、中東、ロシアを対象として行われてきた)欧米列強の「新植民地主義」に対して敢然と対峙して行く構図となるであろう時に、当のアジアの中の日本が最後まで「アメリカの太鼓持ち」で良いのか、それでいてボコボコにされることはないのか、それ以前に「恥ずかしくないのか」という視点でそろそろ真剣に考えるべき、と問題提起をさせて頂き、今年の締めくくりとさせて頂きます。

                皆さん、本年もありがとうございました。良い未来を!

                | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 07:25 | comments(0) | - |
                「反トランプ」と「反安倍」の違いについて
                0

                  このところアメリカでは「反トランプ」、国内では「反安倍」と言った、共に「時の政権」に対する不支持、攻撃の機運が高まっている様に思えますが、この(相性も良いとされる?)二人が現在(メディアの反応も含めて)多くの国民の反感を買っている理由に関して言えば、ほとんど「真逆」と言って良いでしょう。

                   

                  トランプ大統領は「アメリカ国民をテロから守るために外国人の入国制限を行なう」としたことで(自由の国アメリカにふさわしくない)「人種差別主義者」として非難されています。

                  安倍総理大臣は「国民の財産が身内への利益供与のために不正に使われたのでは」という「国民への背信行為」の疑いをかけられています。(こちらは韓国の朴槿恵大統領のケースと似ています。)

                  これらを要約すれば、それぞれ「トランプは国民(の利益)を守る人」「安倍は国民(の利益)に背く人」となり、二人が「真逆の理由」によって糾弾されていることが解ります。

                   

                  しかし、事はそこまで単純化して良いとも限らず、アメリカ国民自体が既に多くの人種から成り立っている訳ですから、もしトランプ大統領の政策が本当に「人種差別主義」に基づくものであれば、それは国内的にも懸念材料となるのは避けられないでしょうし、その意味でも国民はトランプ大統領の真意を是非とも見極める必要が有るのは当然です。ただ「自国民の利益を再優先させるために、外国や多国籍企業などに対して制限を設ける」という政治姿勢そのものに(結果はともかくも)一定の整合性があるのは事実と思われます。

                   

                  一方で安倍総理大臣の政治姿勢に「自国民の利益を再優先する」というだけの根拠が見られるかどうかとなると、現在のところ甚だ疑問と言わざるを得ないでしょう。何故ならこれまでも「自由化」や「規制緩和」の名の下に、海外資本をも含めた「体力、資金力のある企業が有利」な方向性を打ち出して来たからです。(TPPの可決成立が良い例です。)それに「雇用の創出」以前に、現実問題として「労働条件の悪化」が顕著となり、それによって一般的な国民の「幸福度」はこのところ下がる一方です。ですからこのような状況の中で国民が「国家の背信行為」に対して敏感に反応するのは、むしろ当然のことと思われます。

                   

                  この「真逆の二人」がそれぞれ今後どうなって行くのか、「要注目」といったところでしょう。

                  | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 12:17 | comments(0) | - |
                  どうやら人間は「階級制社会」が好きなようだ。
                  0

                    階級制社会とは、支配階級を頂点とし、低所得労働者を底辺としたいわゆるピラミッド型社会構造という事だと思うが、多分多くの人々がこの形状(システム)に余り違和感を感じていないと思われる節がある。そしてまた大部分の人たちのイメージの中では「底辺はさすがに嫌だが、多くを望まなければ中くらいは行けそうだし行きたい」という努力目標があるのではなかろうか。

                    故に、当然そこには「社会の底辺とならない為のそれなりの競争」が必要となるが、それは(欲さえかかなければ)それほど熾烈なものとは考えていないはずだ。何故なら「中くらい」になる事がそれほどハードルの高いものであると考えれば「憤り」を覚えずにはいられないはずだからだ。とにかく「中くらいで満足したい」というのが多くの人々の願望と思われる。というのも「それ以上を望めばどうせキツいに決まっている」からだ。

                     

                    しかしピラミッドの形を見る限り、「底辺」を構成するためには全体の三割程度は必要だが、それはどうする、誰がなるのだ。誰も好き好んでなりたくは無いに違いない。

                    そもそも古くからの(国力の差に目を付けた)「植民地」という発想自体が、人間の好きな「階級制社会」にうってつけのものと言えたのだろう。そして現在は一部でそれが低賃金の「外国人労働者」という形に継承されているのかも知れない。しかし話はそううまくは行かない。即ち(建前はどうあれ実質的な待遇の上での)「中間層(=中くらい)の消滅」が進行した結果、社会は階級制どころか「1:9の割合の完全な格差社会」へと向かっている。それはそうだろう。中間層が構造上必要不可欠だった時代ならともかく、もはや不要と見做された時点で、支配層がそんな「甘え」を許すはずもない。

                     

                    今の世の中「階級制社会」は、もはや過去の幻想に過ぎない。つまり(支配層以外は)みんなイーブンなのだから「みんなで良くなる、みんなで良くする」事を考えた方が、よほど心も暮らしも楽にできるはずだと思う。

                    | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 15:36 | comments(0) | - |
                    ケリー国務長官「アメリカがISISを結成した。」
                    0

                      日本人にとっては「青天の霹靂」とも思える驚愕ニュースが世界を駆け巡っています。

                      詳細はこちら→ http://parstoday.com/ja/news/middle_east-i24268

                       

                      にも関わらず、新聞やテレビなど日本のマスコミは、真偽を問う以前にまるで「そんな話はどこにも存在しない」と言わんばかりの完全スルーを決め込んでいます。これは「アメリカと政権に都合の悪い話は、そもそも無いことにする。」という、このところの一貫した態度の表れですが、報道機関の意図的な情報統制が主権者である国民に著しい不利益をもたらす事を考えれば、このような振る舞いはマスコミの本質が「売国奴」である事を自ら露呈させる自殺行為に他なりません。

                       

                      何れにしても、トランプ次期大統領が選挙期間中に「ISISはオバマとヒラリーが作った。」と明言していた事が、奇しくも現役の国務長官によって証明された事で、(ロシアを敵視するような)それ以外のアメリカの主張や喧伝の全てが大きく信頼性を損ねた事は疑う余地も有りません。

                      これは平たく言えば「アメリカはひどい嘘つきで、全く信頼に値しない」となります。また、同じく日本では「安倍政権はひどい嘘つきで、全く信頼に値しない」ということになります。

                      そしてそのお先棒を担ぐ大手マスコミは、何れ正当な裁きを受ける事になるでしょう。

                      | 青少年の味方の人 | 国際社会 | 10:14 | comments(0) | - |
                        12345
                      6789101112
                      13141516171819
                      20212223242526
                      2728293031  
                      << May 2018 >>