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本日は2020年1月2日です。
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    昨年の12月1日に「2020年は混迷、混沌の年」となる旨書いた通り、それはもう始まっています。何故なら、2019年に生じるべくして生じた「結果現象」であるところの露呈、失墜、瓦解、崩壊などに依って、従来の(「信じたい事を信じる」などといった)希望的観測が、今後悉く打ち砕かれて行く事になろうからです。その理由は、それらの希望、願望、欲望などが一重に「論理的でなかった」からです。例えば10人の人間がいる中で、一人の人間が富や権利を独占する事は(如何に詭弁を弄しようとも)論理的では有りません。何故なら、そこには常に「不公平、不平等」という火種が付きまとう事に依り、安定性の確保が不可能となるからです。これは完全に「自己の破滅」を目的に生きているので無い限り、実に愚かな選択と言わざるを得ません。

     

    他方、世の中には「我欲に根ざした自己主張」を好まない、論理的で豊かな社会性を有した人々も少なからず存在します。無論その人たちにとっても昨年は「結果現象の年」であった訳ですが、それらはおそらく前述の「非論理的な人々」のそれとは意味合いや趣の異なるものであったはずです。ゆえに同じ「2020年は混迷、混沌の年」と言っても、(確かにその為の備えや対策は必要だとしても、)むしろその後の「社会の再建、再構築」まで視野に入れた「前向きなイメージと発想」で乗り切る事も可能かと思われます。

     

    つまり「二分化」されたそれぞれにとって、「混迷、混沌」の持つ意味、受け止め方は大きく異なるということです。

    | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 11:43 | comments(0) | - |
    社会は(もしかして)嘘、欺瞞、隠蔽にまみれている?
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      近年世間を騒がせている「詐欺商法」「振り込め詐欺」「アポ電強盗」などの本質は「嘘による不正な利益誘導」であって、無論これらはれっきとした犯罪行為です。しかし同じ「嘘による不正な利益誘導」であっても、(かんぽ生命などの)大企業による社会的信用と複雑なシステムを利用した組織的な案件では、それらが相当悪質な犯罪であるにも関わらず、一般的には「信じられない、起こり得ない」という何か狐につままれた感覚は持ち得ても、そこから「強い恐怖や憤りを感じる」とまでは至らない様です。つまり大組織である事を背景として、悪意や犯罪性のイメージがぼかされている訳で、それは私たちの中に「大きくて歴史の有る有名な組織(会社)が悪いことするわけ無い」という意識がマインドコントロールによってそれとなく醸成されているからと思われます。(繰り返し流れるウケの良いテレビコマーシャルなどがマインドコントロールの良い例です。)

       

      大企業よりも更に大きな組織となると「国家」ですが、その中身は「政府」が政治権力を行使して運用する事となります。ところで今しがた「大組織も信用ならない(=嘘をつく)」という話をしたばかりですが、この「国家という特大組織」は私たち国民に対して「嘘をつかない」と言い切って良いものなのかというと、どうやらその答えは真逆のようで、「森友、加計疑惑」に端を発し、昨今の「桜を見る会疑惑」「伊藤詩織さん事件」に至っては、むしろ政府一丸となって嘘、欺瞞、隠蔽、捏造に突き進む姿が露呈してしまったかの様です。これはつまり、たまたま露見したものを掘り下げると悉くこうなるということであれば、未だ露見していないものがこの数倍〜数十倍あっても何ら不思議は無く、どうやら「政府は国民に嘘をつく」ということが常態化している様で、理由はもちろん「本当のことを知られるとマズい」からです。

       

      更に世界規模に於いても、名だたる国際的な機関や組織によって「悪意を秘めた嘘」の類が恒常的に用いられている事を訴える有識者による数々のレポートが存在します。また、そうした「最初から故意に歪められた情報」ばかりか、実態そのものが明らかにされているにも関わらず、各国の国益や方針、その他政治的意図でニュアンスが大きく歪められて伝えられたり、まるで存在しないかの如く情報そのものを隠蔽される事も珍しく有りません。もちろんこれらの「情報操作」は、あらかじめ意図された計画の下に人々を誤った概念や方向性へとミスリードする事が目的です。一体何のために・・・もちろん「儲かる」からです。そのような人たちは実にエネルギッシュで用意周到、また時に大胆に振る舞いますが、如何に綺麗事を装おうともその実体が(集約すれば)「今だけ、金だけ、自分だけ」に過ぎないとすれば余りにも淋し過ぎ、無論「大義」と呼べる様な代物では到底在り得ません。

      例えば国際機関や政府機関の内、「ウチは今現在これだけの利権が絡んでいます。」と、自ら明らかにするところなどどこにも無い筈で、そのこと自体が「婉曲的に嘘をついている」と言えない事も有りません。何故ならどこも「一切利権の絡みは有りません。」と明言していない(だろう)からです。

      或る人は「COP25がそうだ!」と主張しています。→外部リンク 《マスコミに載らない海外記事》より

       

       

      | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 08:50 | comments(0) | - |
      「2019年は結果現象の年」の総括
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        大手自動車メーカー各社による不正検査然り、かんぽ生命然り、桜を見る会然り、大学入学共通テストのゴタゴタ然り、更にここに来て伊藤詩織さんの全面勝訴然りと、枚挙に暇(いとま)がない程「過去の論理的破綻に伴う結果現象」が噴出しており、細かいものまで含めれば、その数は無数に上るだろう。これらは事の大小に依らず全て「論理(=道理)の不備に対して小手先は通用しない」という結果を示しており、そうした結果現象の集積により「おかしいものはおかしいし、変なものは変」という空気感が自然に醸成されて行く事となろう。そこでは当然「価値観の逆転現象」が起こり、もはや旧態依然とした「今だけ金だけ自分だけ」に固執する在り方などは、誰の目にも「醜悪で見苦しいだけの存在」としか映らないはずだ。つまりそういう人は追々居場所が無くなってしまう。

         

        因みにこうした流れは正確には(12月31日まででは無く)年明け後の節分まで続くと思われるので、事態はまだまだ予断を許さないでしょう。

        | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 09:33 | comments(0) | - |
        「多数派」である事と「正しい事」とはほぼ無縁である。
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          これまでも「多数決の乱用、悪用」に関するいくつかの記事を書いて警鐘を鳴らして来たつもりだが、その最たるものが我々の「現社会」と言って良いだろう。それが即ち「多数派だから正しい」「少数派だから胡散臭い」というイメージに直結しやすいのは事実だが、その一方多くの人々の中で物事の正否を判定する上での「論理的考察」が殆ど為されていないのもまた事実だろう。つまり殆どの多数派の人々は「特定の先導者(扇動者?)の声の大きさとエネルギー」に押される形で「中身(=仕組みや影響、メリット、デメリット、リスクなど)」をほぼ理解せず、また理解しようともせず、安易に「多数派」に加わっているという実態が有ると思われる。もし多数派に加わる理由が「多数派だから」というのであれば、これほど滑稽で恥ずべき「無責任な態度」は無いと断言出来る。何故なら多数派は「多数派であるということ」だけで「少数派に対する十分な圧力」足り得るからだ。

           

          我々はこの際(広義に於いて)「圧力は暴力で暴力は圧力である」ということを、再度肝に銘じておくべきではないだろうか。つまり多数派とはそれだけ「罪深い存在」であるとも言えるということだ。

          何れにせよ多数派は今後、自らの論理性に基づいて、あらゆる事柄に対する「正否の再検証」を行う事が急務となろう。何故なら「非論理的な価値観」こそが、人類の存亡(=まずは自分の命)に関わるからだ。(一方で少数派は日々それを繰り返し行っている故に少数派と言える。)

          | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 10:01 | comments(0) | - |
          今日は2019年12月1日です。
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            毎年この時期になると「さて、来年は・・・」ということとなり、ちょうど去年の今頃には「2019年は結果現象の年」という意味の記事を書かせて頂きました。因みに「結果現象を見る」とは、因果関係によって或いは論理的な帰結として生じた大小様々な事象が「明らかな形で人の識るところとなる」ということです。例えば人為的な面では、利己的な欲望や欲求に基づく(地球規模から個人レベルまでの)悪意の多くは完全に露呈し尽くし、むしろそれらが堂々とまかり通っているかのようにさえ見えます。(その意味では最早嘗ての「陰謀論」という言葉自体が死語と言って良いでしょう。)何れにせよ人々の「二分化」はほぼ完了していると見て取れます。

            こうした現状を踏まえた上で、来年(2020年)のキーワードは「混迷、混沌」となるでしょう。但しこれらは十分に配慮された表現と言えます。それは例えば、仮に真実を決定的に伝える写真(映像)であっても、それが余りにもグロテスクで生々し過ぎる場合にボカシが入るのと似ています。

            そして私たちに今、最も必要なのは「乗り切るための心の準備」ということでしょう。

            | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 12:29 | comments(0) | - |
            「あからさまな棄民政策」という結果現象!
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              年頭より「2019年は結果現象の年」とお伝えしてきましたが現在、先日の台風15号によってもたらされた千葉県を中心とする停電、断水、家屋損壊などの大被害に対する復旧、復興、支援などの(国、自治体を含めた)公的期間の対応の遅れが問題視されています。特に当初、政府の反応が極めて鈍く、ともすると「何事も起きていない」かの如く振る舞っているかの様に国民の目に映ったかも知れません。実際はどうであったにせよ、少なくとも現在も国として復旧に向けて「目立った動きが見られない」のも事実で、見方によっては暗に「そんなコトに金と労力を使っていられない」と言われているようにも思えます。もしそうだとするなら、それは現政権による(国民全体に対する)「あからさまな棄民政策」と言って良いでしょう。

               

              本来日本の様に民主主義を謳う国家に「あからさまな棄民政策」など有り得ないはずで、そんなコトをする政権が存在出来るはずも有りません。となれば答えは二つに一つで、日本が「民主主義という謳い文句の独裁国家」であるか、または「国民の多くが(自覚の無いまま)自ら棄民政策を受け入れている現実がある」ということでしょうが、より恐ろしいのは後者で、未だに「安倍さんしかいない」という声が上がったり「有権者の半数以上が選挙に行かない」のが実情であったりします。

               

              とにかく「良からぬ結果現象」を突きつけられて目の当たりにしたなら、そして「その状況を変えたい」と願うのであるなら、何が原因でそのような結果を招いてしまったのかに思いを致し、それに対して出来る限りのことをするべきだと思います。(例えば真剣に候補者を選ぶとか)

              | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 10:55 | comments(0) | - |
              コマーシャル(広告)について一言
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                いつの間にかテレビもネット画面もまるで繁華街の街並みの如く「広告表示」で埋め尽くされる様になり、テレビに至っては「コマーシャルの合間に放送番組が流れる」感が否めず、ネットでは「点滅する広告群をかき分けながら記事にたどり着く」といった状況が常態化してしまっている。この「限りなきバランスの悪さ」は無論、物事に対する価値観に依拠するところの「優先順位」によってもたらされたもので、即ち「人々に有益な情報や文化の伝達よりも物を売るための商品広告が優先された結果」に他ならないが、そうであるならメンタル的には押し売りに限りなく近いのかも知れない。

                また、こうした現状に違和感や不快感を覚えない人は「価値観を同じくする人」と見做されても致し方ないだろう。

                | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 12:33 | comments(0) | - |
                もし山本太郎が・・・
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                  今回の参議院議員選挙で山本太郎氏を代表とする「れいわ新撰組」が躍進を遂げ、山本太郎氏は一躍「時の人」となりました。(実際には参院選前からかなり注目度が高かったのですが、NHKを筆頭に大手マスコミが(都合が悪いため)「完全無視」を決め込んでいただけです。)

                   

                  ところで当ブログの趣旨は「みんなで良くなる、みんなで良くする」という基本理念に基づいた社会を実現するための啓蒙活動にあります。(因みに過去記事はこちら)

                  そこでもし、山本太郎氏がこの「みんなで良くなる、みんなで良くする」という社会理念の基に政治活動しているということであるなら、政治家として「唯一無二の希少な存在」と言って良いでしょう。何故なら他の多くの政治家は一言で表すなら「(それとなく)上手くやろう」と言っているに過ぎないからで、この両者の言には雲泥の差が有ります。(そもそもが上手くやろうなどという程度のボカシの掛かった発想や覚悟で上手く出来る筈も有りません。)

                   

                  ということで、最早当面の焦点は果たして「山本太郎氏が本物か否か」に尽きると思います。

                  | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 08:25 | comments(0) | - |
                  大きいコトはイイことだ!!・・・???
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                    その昔、日本がまだ経済成長の最中にあった頃「大きいコトはイイことだ!」という某菓子メーカーのコマーシャルが大々的にヒットしたのを覚えているが、今になって思えばこれは大間違いであって、そもそも「小さいコトは悪いことだ!」という印象を与えかねない危険な発想であり、近年のマイカーに見られる「車体の巨大化」など、種々の社会現象にも共通するものを感じざるを得ない。

                    純粋に論理的選択をするのであれば「ちょうどイイのが一番いい」に決まっている。何故なら、それを逸脱する部分は「単なる欲」に過ぎないからだ。

                     

                    ※ 本文は、社会に於いて(競争力の一環として)いたずらに大きさを求める発想に対する警鐘を意図しており、決して「生まれつき身体の大きい人」等の尊厳を傷付けるものでは一切有りません。

                    | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 10:15 | comments(0) | - |
                    巨大組織がことごとく「ダメ」な理由(ワケ)
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                      以前に宗教団体について「巨大組織=圧力団体」であり、そもそも「巨大化自体が(他を圧倒し)社会的権力を得るための手段」である旨説明したが、それは言い換えれば「おごり(=やりたい放題)」を獲得するための手段と言って良い。つまり「巨大組織がたまたま驕(おご)る」のではなく、端(はな)から「それが目的」という事になる。となれば更には「巨大組織であること自体が(他者を圧迫するという意味に於いて)広義に於ける反社会性を有している」と言える。

                      つまり極論を言えば「悪意が無ければ巨大組織など作らない」し、「善意であれば最低必要源の組織しか作らない」ということだ。(必要に応じて小組織が権力に依存しない「協同組合的な結び付き」を持てば良い。)

                       

                      故に「巨大政党のおごり」「巨大企業のおごり」「巨大宗教法人のおごり」など、全ては同根であり、その社会に対する有害性の指摘や批判からは当然免れるべくもなく、時と共に解体もしくは崩壊の憂き目を見ることになります。

                      | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 11:05 | comments(0) | - |
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