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「国民栄誉賞」について
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    国民栄誉賞表彰規定に拠れば、その目的は「広く国民に敬愛され、 社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃える こと」とのことですが、そこでひとつ素朴な疑問が有ります。それはこれまでの受賞者及び候補者が(事実上)スポーツ、芸能関係の方々に絞られていることです。

    参考リンク→ https://www.jijiphoto.jp/ext/portrait/peoples_honor_award.html

     

    もしそういう性質の賞であるということなら、あらかじめ表彰規定に「スポーツ、芸能等の分野に於いて」と前置きして然るべきではないかと思います。というのも「栄誉」という言葉自体の意味に特定のジャンルを示す意味合いは無く、単に「たいへんな名誉」とされているからです。

    それから「敬愛」は「尊敬と親しみの気持ちをもつこと」とされ、更に「尊敬」も「人格・識見・学問・経験などのすぐれた人を、とうとびうやまうこと」であるからには、これも「スポーツや芸能」に限った事では有りません。

    増して「社会に明るい希望を」と言うのであれば、それこそノーベル賞の選考対象のように、政治、経済、科学、文化、芸術など様々な分野の人々が候補に上げられて当然でしょう。

     

    私がここで懸念しているのは、選考基準の内の「広く国民に敬愛され」の部分が「並外れて強い」「並外れて人気がある」「並外れて売れる」の如く解釈されていないかということであって、そうでもなければ受賞者が「スポーツ、芸能」に偏る理由が思いつかないからです。

    しかし残念ながら、これらは何れも「敬愛」とは別物と判断され、両者を混同する事は好ましく有りません。何故なら「殊更に強者を称える価値観というものは、潜在的に敗者を見下す価値観」でもあるからです。にも関わらず国が一方的に「強者」であるが故に褒め称えるというのであれば、何れはそれを「愛国者」と「非国民」を分け隔てる基準とするためのマインドコントロールと疑われても仕方ないでしょう。

     

    何れにせよ「国民の尊敬対象」が「弱肉強食思想の持ち主」であったりすることだけは避けなければなりません。何故なら、それでは国民自ら「強いものに食われる」ことを容認する事になってしまうからです。その際、どうかご自身が社会に於いて「(常に)強者の側に立っている」という幻想を持たないで下さい。強者、弱者は単なる相対的関係でしかなく、切り分けや括り方次第ではたちまち「明日は我が身」というのが正しい認識です。

     

    ただでさえ「時の総理大臣の人気取り」に利用されがちな国民栄誉賞が、今後も競争社会の弱肉強食思想を加速させるツールとして使われないことを願って止みません。

    | 青少年の味方の人 | 大人向けの大事なお話 | 11:45 | comments(0) | - |









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