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「他者を排除せず」して最善を尽くす方法(その1)
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    昨日の記事は「霊的」な内容だったにも関わらず、多くの方々に閲覧頂きました。「霊的こそが本命」と考える私としては、まことに喜ばしい限りです。

     

    さて、昨日の記事に於いて(人の在るべきスタンスとして)「如何なる場合であっても決して「他者を排除」せず、それを前提として最善を尽くす」という旨を申し述べましたが、当然そこでは「無抵抗主義」「(言葉の暴力を含む)非暴力主義」「平和主義」「人道主義」など、争い事を忌避し、回避するための様々な主義主張、方法論などが想起されることになります。

     

    しかし問題は(理想論はともかくとして)それらが果たして(社会の実情に照らして)「現実的であるのか」「実現性があるのか」という一点に尽きると思われ、有史以来人類がこれまで際限なく積み上げてきた様々な「対立構造」とそれに伴う形で幾度となく世界中で繰り返されてきた「戦争、紛争、抗争の類」を以って、それらを(良い悪いの話ではなく)「歴史的事実」「歴史的認識」或いは「歴史的教訓」などとして、そうした「既成事実」に則(のっと)った考え方を「現実主義」と称する場合があるように思います。

     

    そうした人たちに言わせれば「お花畑(実現不可能な理想論(=子供じみた稚拙な発想)を卒業して早く大人(=現実主義者)になれよ。」ということでしょう。つまりそこでは「対立と争いは不可避」という認識であって、あるのはただ「如何に勝つか、如何に負けないか」ということに集約された発想のみとなります。

     

    この「(歴史的認識のもと)現実に即応する」という考え方は一見合理的で正しいように見えますが、重大な欠陥を抱えています。

    ひとつは「対立と争いが不可避」とする論理的根拠に言及していない事です。それではまるで「過去の争いの当事者たち」の選択が常に正しかったという「雑な話」としか聞こえません。(歴史的事実を根拠とするならば、一件一件丁寧な考察を行わなければ判断の是非すら解りません。)

     

    更にもうひとつの欠陥は、「大人(=現実主義者)」に必要なメンタルは「闘争心と奸智、狡知、邪智で十分だ」と言っているようにしか聞こえないことです。何故なら「人間性の向上」や「人格や品格の形成」といった人間的成長がそもそも何のために必要かと言えば「従来不可能と思われてきたことを可能とするため」であり、言い換えればそれは「理想(=お花畑?)を現実にするためのパワーアップ」に他なりません。

    つまりそうした全てを見限って現実的対応に固執する限りは、少なくとも「人間的成長は不要」ということです。(私は若い頃「現実主義者」だった時期もあるので、そうしたことはよくわかるのです。)

     

    次回は「理想を現実にする具体的方法」に触れてみたいと思います。

    | 青少年の味方の人 | 霊的考察 | 10:05 | comments(0) | - |









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