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自らの行動に責任を負う時代
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    今日のタイトルだが、別に時代に関係なく(大人であれば)人間が自分の行動に「責任を負う」のは当然だ。ただそこで敢えて「時代云々」と言うのは、取り分け「対峙の時代」にあっては(それこそ執拗なまでに)その事を自分自身に言い聞かせて行かなければ容易に圧力に流されたり屈したりと、最終的に「身が持たなくなる」だろう事を懸念するからだ。そこではある意味「他人は他人、自分は自分」というクールさも必要となる。何故なら「他の人々は私自身の負っている責任を果たすことが(論理的に)出来ない」からだ。

    それは別段「他人の誠意や人間的価値を疑って掛かる」からではなく、人間は「置かれた立場ごとに見えるもの、感じるものが違う」からであって、その意味で(責任の在り方に関して)「他人と見解が異なる」のは、むしろ当然と思われる。(参考にするのは大いに結構だが、最終的に結論を出し行動するのは自分だ。)

     

    例えば昨今の「成人式で晴れ着が届かなかった事件」の後日談として、被害に遭った方々の一生に一度の思い出作りを無償でサポートしたい、という所謂「美談」がしきりと囁かれている。確かに被害者の方々の落胆と動揺は計り知れないものがあるだろう。

    しかし私の注目したいのは実はそこではなく、成人式のもともとの「出席率」の部分であって、それを示す目安となるような数字は(少なくともニュースでは)一切挙げられていない。

    ネットで探ってみるとこれがまたマチマチで年代や地域差も大きく、統計としてのはっきりした数字に行き当たらないが、近年ではどうやら50〜70%が一般的らしく、一部には全国平均56%という記述もある。何れにしても80〜90%ということではないらしい。(但し規模の小さい自治体では地域圧力が高く、実質欠席の選択肢が持ち辛いようだ。)

     

    この全国で40%前後の成人式不参加の理由は何だろうと考える時に、やはり女性の場合「高額な振り袖」という定番がネックとなるのは否定できないと思う。(もちろん仕事や受験、人付き合いなど理由は他にもあるが。)実際出席者は時代や地域に依らず女性の方が多く、晴れの場で競い合う意気込みが感じられるが、その一方で始めから「経済的事情」等でネガティブにならざるを得ない人がいたとしても不思議ではない。

    これは奇しくも小学校で度々問題視されている「二分の一成人式」に対する指摘と同じ構図であり、成人式なら欠席すれば済むことだが、小学校では授業の一環として「経済格差」を見せつけられることにもなり、事態は更に深刻と言える。(場合によっては欠席させても良いのではないか。)

     

    とまあ、こうした話もそれを聞く人の立場や物の考え方次第で、当然賛否が分かれるのも承知の上で、敢えてこちらの受け止め方を押し付けようとも思わないし、異なる考えに対して批判を向けようとも思わない。

    但し「自らの責任の及ぶ範囲」に関しては、常に信念に基づいて「しっかりと責任を果たさせて頂きたい」と願うばかりだ。何故なら、今更自分が信念を曲げて損はすれども「得をすることなど何ひとつ無い」からだ。

    お金、命、そんなもの余計にいらない。だって、余ったらめんどくさいだろう。

    それはともかく、今年はしっかり「対峙」していきましょう。

    | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 11:13 | comments(0) | - |









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