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知性や知識は邪魔だ!
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    知性や知識が正しい理解を阻み、無用な考えに翻弄され、無用な不安に苛まされるというのはよくある事です。特に知性や知識を「思考の最上位」に持ってくるとそうなりがちです。何故ならそれでは決して正しい論理に到達出来ないからです。その状態を一般に「取り越し苦労、過ぎ越し苦労」或いは「心配性、無頓着」などと言います。(これらは一見合理的に思えますが、その実論理性が有りません。)

    また知性や知識を最上位に位置付けるならば、それが未発達の子どもの価値判断などは全て「取るに足らないもの」となってしまいます。実際にそういう目で子どもを見る大人がいるというのは、非常に残念で悲しい事です。

     

    実は私たちにとって本当に必要な論理の根幹は、思わぬところに存在します。それは「霊魂の存在を認めるか否か」でしか有りません。これなら子どもは子どもなりに本気で「お化け」を怖がったりして、また大人なら「心霊現象の実在を信じる」などの形で表明することが出来ます。

    但しそうした入り口の段階では到底まだまだ論理性に到達すべくも有りません。そのためにはまず多くの疑問を呈する必要が有ります。例えば「お化けは普段どこにいるの?」とか「何しに出てくるの?」とか「死んだらみんなお化けになるの?」とか、子どもにだって疑問は山ほどあるはずです。また大人であれば単純に「死んだらどうなるのか?」とか「天国や地獄は本当にあるのか?」など、霊魂の存在を認めた時点で同時に多くの疑問を持たざるを得ません。

     

    これは逆に言えば、それらの疑問が未解決のまま論理性を見出そうとする事自体が極めて非論理的と言わざるを得ず、だとすると仮に「霊魂」が実在した場合、その存在を否定した上での論理の構築が如何に不毛で無意味な作業であるかについては言うまでも有りません。

    つまり私たちにとって「霊魂の存在を認めるか否か」とは、それほど大きな意味を持っているということです。更にそうした理解を深めるに当たっては「半端な知性や知識はむしろ邪魔だ」と言っている訳です。

     

    最後に何故「霊魂の存在」を認めることが論理の根幹足り得るかについてですが、それは非常に簡単な話で、もし霊魂が実在するのであれば、それに伴ってあらゆる事物、事象の本質がそれと無縁に成立するはずもなく、それを含めて真実、或いは実相と理解する以外に方法がないからです。

    つまり知性や知識を始めとするあらゆるテクニカルな話は、まず揺るぎない論理の根幹を体現した後、役割に応じ、必要に応じて用いるべきものということです。

     

     

    | 青少年の味方の人 | 霊的考察 | 09:14 | comments(0) | - |









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