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自己破壊型、自滅型の人 その1
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    地球広しと云えども、このような型を持つ生き物はおそらく人間だけでしょう。他の生物はみな本能で制御されており、常に生息環境に適合するようにコントロールされているからです。それはたとえ群れ(=集団)の中にあったとしても同様で、集団生活に必要なノウハウもあらかじめ本能にセットされているのが普通です。
    ところが人間の場合、本能は自己の生存や繁栄を保障してくれるものでは有りません。それは確かに人間が社会と分離された究極のサバイバルの際には「生存率」に貢献してくれる性質のものでは有りますが、日常的な社会生活にあっては「他者との競合的要素」が多分に含まれるという理由のため、平素は鞘に収めて仕舞って置くのが普通です。つまり人間の本能にあっては「社会生活に貢献出来る要素は殆ど無い」と見て良いでしょう。

    では人間の場合、本能に代わって社会生活に対応するための能力とは何でしょうか。
    これは文字通り「人間性」と言って良いと思います。「人間性」は正にその名称が示す如く人間のみが持つ独特な能力で、乳幼児の時点で既に十分に発揮されている事から「生まれながらの社会性」と言い換えても過言では有りません。
    但し、ここにはひとつ問題が在ります。確かに「人間性」は生まれながらに高い質を有していますが、活用の幅や奥行き、深さといった量的要素や保持するための堅牢性、信頼性という観点で見ると、当初は「完成度が極めて低い状態」であることは認めざるを得ません。つまり「人間性」とは決して出来合いのそういうものでは無く、運動能力の向上や体作りと同様に「努力や鍛錬による能力の向上が日常的に求められるべきもの」だという理解が必要です。(これは逆に言えば失われる事も在り得るということです。)
    一般に「人間性の向上」には自らの経験や体験を「論理的思考」によって良く理解する必要があると思います。そしてそのようにして咀嚼し吸収された経験智や体験智が人間性の豊かさを徐々に増して行き、それに伴う確信が人間性を更に揺るぎないものへと成長させてくれるものと思われます。
    ですから幼い子どもが「なんで?どうして?」と問いかけるのは、正に自らの人間性の向上のため「論理的思考力の成長」を切望する正しい姿なのです。

    ところで人間が社会生活に対応するための能力には、もうひとつの選択肢が在ります。お気付きでしょうか?
    長くなるので次回に致します。
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