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私事(わたくしごと)になりますが
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    今日は「理性と感情」について整理して見ようと思いましたが、思い直し、少し自分事(じぶんごと)に触れてみたいと思います。

     

    初めの方の記事で「自分は音楽家であり、アンサンブルの現場を社会の縮図と見立てて、様々な事を学んできた」と申し上げている訳ですが、無論それだけではありません。「人間」をテーマとする、ある分野での専門教育を受けており、それを実証し更に発展させる為に40年という歳月を費やしてきたものです。そこに於いて「アンサンブルという環境」が大変役立っている事は事実ですが、それのみで完結するという意味ではありません。それよりも「日常のあらゆるシーンを見逃さない」という基本的なスタンスが最も重要であるように思います。

     

    私たちは日常というものを「退屈で、時として息苦しいもの」の様に感じ、リフレッシュと称して「非日常」なるものに目を輝かせ、憧れを膨らませがちですが、それ故に「日常というものの価値を自ら低下させている」可能性があります。本来ならば「日常の価値を向上させる為のエネルギーを、日常の中に於いてこそ惜しみなく使うべき」と考えます。その為にはまず「日常がしっかり見えてなければならない」という事と「日常を正しく理解出来ていなければならない」という訳です。そうでないと、「普段見慣れていて気にも留めない日常」に足をすくわれて、思わぬ怪我をする事があります。いや、必ずそうなるでしょう。

     

    皆さん、私の話は変でしょうか?少なくとも、余り聞いたことがないような言い回しかも知れませんが、私の中では極めて普通の事ですし、おかげ様で「このような自分で困った」というような事は一度もありません。(それに殆どの内容は耳慣れた格言に置き換え可能です)と言う訳で、こんな私でよろしければ、今後ともお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

     

    因みに、本当に得意なのは「質問に答える」こと。訊かれもしないのに勝手にしゃべりまくるのは、実は余り好きではありません。

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