青少年の何でも書き込み寺 (大人も可)

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言葉の使い道
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    ※最近あまり子ども向けの文章になっていないかも知れませんが、広く青少年の方々に読んで頂きたいという気持ちに変わりはありません。むずかしいと思ったら調べたり、それでも分からなかったらコメントやメールで質問してくださいね。

    「言葉」はコミュニケーション(=情報伝達)の最も重要なツールである、と言われて異論を唱える人はまずいないでしょう。本や教科書、配布資料なども全て「言葉」を文字に変換したものですから。つまり私たちは、他者との関わり合いの殆どを「言葉」に依存している訳です。
    そして当ブログも当然ながら「言葉」で成り立っています。言って見れば100%言葉です。しかし、それは実のところ私の本意ではありません。何故なら私自身にとって言葉とは、自らを託せるほど全幅の信頼のおけるものとも、それほど重宝なものとも思っていないからです。
    これは私たちが日常的に、余りにも当たり前に「文字を含めた言葉の文化」に依存し、知識や情報を「言葉」として認識する事に慣れ親しんでいる状況に於いては、大変解りにくい感覚かも知れません。
    しかしその反面、一度でも「言葉というツールを没収」された経験が有りさえすれば、たちどころに理解出来る事であると言えます。(実は赤ちゃんがそうなのですが・・皆さん忘れてますよね)

    例えば、「アナタの知っている誰か」が何かを話しているのを聞いて、
    「あの人のコトバって ・・・軽いよね。」或いは「あの人の言葉は、深いな〜。」
    と、思ったとします。

    さて、この場合の「言葉が軽い、深い」というのは、一体どういうことでしょうか?
    これは「評価」ですが、別に「言葉」や「声色」を評価しているわけでは有りません。
    「軽い=いい加減なことを言っている=いい加減な人」
    「深い=言葉以上のものを感じる=思いの深い人」
    つまりこれらのケースでは、発する言葉の内容が純粋に「評価の対象」となっている訳ではなく、相手の人柄や日頃の行いをある程度知った上で「そういう人のそういう言葉」として、いわば言葉を媒介として「その人を再評価」しているという事になります。
    これは立場を逆にすれば、何事によらず自らの思いを相手に伝えようとする際に、「言葉や文章に依存すべきではない」という事になります。何故なら当の相手は、予備知識(先入観)や諸事情によって、如何なる場合でも自由にイメージを持ち得るからです。
    続きは次回に。
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