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自己主張(じこしゅちょう)の苦手(にがて)な人のために
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    このところ大人向けの話が続きましたが、久々に「子どもたち」に向けた話をします。
    みなさんは学校やお友だち関係の中で、きちんと自分の気持ちや考えを「いろいろな相手」に伝えることができているでしょうか?たぶん、そういうことが得意(とくい)な人もいれば、あまり得意でない人、中にはすごく苦手(にがて)な人もいると思います。
    また、学校でも「相手に自分の気持ちや考えを正しく伝える」ことは良いことで、大人になるために必要(ひつよう)なことと教わるはずですから、後は「勇気を持って」みんなの前で発言するなどの訓練(くんれん)をしたり、上手な人を見習ったりしながら「だんだん慣(な)れて行こう」ということではないかと思います。その目的はもちろん「みんなと良い関係を作れるようになるため」です。

    しかし、実はこのような話は今よりももっと前、少なくとも何十年か前だったら「役に立った」かも知れませんが、今のみなさんには、あまり「役に立たない」と思います。私がそう思う理由(りゆう)はいくつか有ります。
    まず今の人たちは「自分にとってはみんなが必要で、みんなにとっては自分が必要」という気持ちがあまり有りません。つまり「お互いに助け合って生きる」という気持ちが乏(とぼ)しいのです。
    それともうひとつ、今の人たちは「どんどん自己主張してほかの人より前に出た方が得(とく)をする」と思っています。それはつまり「自己主張しないと損(そん)をする」と信じているからです。

    どうして今の子どもたちがそういう気持ちでいるかと言うと、今の大人(=親や先生など)がそう思っているからです。
    昔は社会の仕組(しく)みからして「みんなで力を合わせ、助け合って生きる」ようにできていましたので、生活の中で「いつもみんなで分ける」というのが普通(ふつう)の気持ちとして有りましたし、いつもみんながみんなのことを気にしていて、「誰(だれ)かに何かあれば助けよう」という気持ちもまた、普通の気持ちでした。そこには感謝(かんしゃ)と共(とも)に優(やさ)しさが必ずありました。

    ところが今は社会の仕組みが昔とずいぶん変わってしまい、それに連(つ)れて「お互いに助け合って生きる」必要もなくなってきました。つまり、一人一人が「自分のことだけ」きちんとやれば、ほかの人がどうだろうとあまり自分に関係なくなってしまったので、「人と分け合う」必要もなければ、人のことを気にする必要もなくなってしまったのです。
    つまり今の社会は「人が集まっている」ということだけは昔と同じでも、「人と力を合わせたり、気持ちを一つにする必要がない」ため、「ほかの人たちへの感謝や優しさを必要としない」社会ということが言えると思います。

    ただ、それは人との人間らしい関(かか)わりがなくても「お金には困らないかも知れない」というだけの意味でしかないことは、ぜひ知っておいてほしいと思います。実は「人間が困ること」とは、何もお金のことだけでは有りません。それが証拠(しょうこ)には、今みなさんが持っているかも知れない悩(なや)みの多くは「お金の問題ではない」はずです。たぶん「心や友だち関係」のことがほとんどではないでしょうか。それはたとえ大人になっても変わりません。
    ですから私には、そういった今の社会はあまり「良い社会」とは感じられません。そして、そういう「あまり良くない社会」に合わせた自分に自分でして行くことは、みなさんの幸(しあわ)せを思う時に、どうしてもおすすめする気持ちにはなれないのです。

    もちろん、喜んで自己主張をして、みんなよりも一歩でも前に出ようとする人は、その人の自由ですし、少なくとも今の社会では目立つことができて、活躍(かつやく)することができるかも知れませんが、「それだけで本当に幸せになれるのかという問題」はまた、別の話だということだけ知っておいてもらえたらと思います。
    そのことよりも、問題は「自己主張の苦手な人はどうするべきか」ということだと思います。私の希望(きぼう)としては、そのことにコンプレックス(=自分は人よりもダメなんだという気持ち)を持たないでほしいと思います。「自己主張できない理由」はだいたい次のようなことです。「人とケンカや取り合いになるのがイヤだから」「人の気持ちをキズつけたくないから」「自分に自信がないから」「人に悪(わる)く思われたくないから」「はずかしいから」

    これらの理由には、とても大切な人間としての気持ちがいくつも含(ふく)まれています。まず「人に対する優しさや思いやり」です。それから「自分に対する謙虚(けんきょ)さ、慎(つつ)ましさ」が有ります。それと「結果(けっか)を予想(よそう)する力」「慎重(しんちょう)さ」「欲張(よくば)らない気持ち」「善悪(ぜんあく)を判断(はんだん)する力」「全体(ぜんたい)を見る力」なども有るかも知れません。
    つまり、これらの気持ちはすべて「社会性」にとって必要なものなのです。むしろこの人たちはそれが「人より劣っているのではなく、人より優(すぐ)れている」ために見かけ上「人に遅(おく)れを取っている」ように見えるだけだということです。どうしてかというと、「自己主張」という元々は「社会的とは言えないもの」をものごとの中心に持ってこようとするからです。良い社会、良い関係を作ろうと思うなら、そこに「自己主張」ではなく、「みんなにとって良いと思う考え」を初めから持ってくるべきだと思います。そうすれば「自己主張は苦手」とする人たちも、喜(よろこ)んで参加(さんか)できると思います。

    そういうことですから「自己主張の苦手な人」は、逆にそれを自分の「長所」として、社会性と優しい気持ちでぜひ、自分らしい生き方を見つけてほしいと思います。
    | 青少年の味方の人 | 大人になるための大事なこと | 12:15 | comments(0) | - |









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