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今と未来にとって必要なモノとは? その2
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    答えは「過去を遍(あまね)く受け入れ、その全てが生かされている最新のモノ」だと思います。これはただ当たり前の事を言っているに過ぎません。だから「簡単なこと」とも言えるはずです。

    しかし現実的には歴史的な事象にせよ、個々人レベルの実情にせよ、何事に拠らず「日々の更新」というものが如何に難しいかを思い知らされる事になります。
    そのため長らく人間社会の形成に於いては「先手必勝」は到底望むべくも無く、「幾多の災いと不幸な結末の果て」に、「いつもぎりぎりのところでかろうじて踏み止(とど)まってきた」というのが、より妥当な認識であろうと思います。
    この「社会の形成に犠牲は付き物」見たいな話は、何故「避け難いもの」のようにイメージされてしまうのでしょうか?

    それは(大変申し上げ難い事ですが)例えて言えば、マイホームを「安らぎとゆとりの極上の空間」のようにイメージすることと似ています。
    住まいに限らず、言葉は悪いですが「人間は自らの実績や功績の上にあぐらをかきたい」ものなのかも知れません。もしそうだとすると、当然「自分の功績があっという間に覆(くつがえ)される」「別の人に取って替わられる」などということは、俄かには受け入れがたいことでしょう。
    この事は「人間の持つ自己執着が現状維持という保守傾向に作用している」と言い換えることが出来ます。

    以前、ある警察官に「交番に誰もいない時があっていいんですか?」と訊ねたことがあります。答えは「交番は守るところではありませんから。」というものでした。なるほど、と思いました。これは私の「マイホーム」のイメージに似ています。これ以上書くと「反感を買いそう」なので、この話はこのくらいで・・・。

    結局のところ当サイトは、「青少年を初めとする全ての皆さんに、それぞれの日々のバージョンアップをお勧めさせて頂く」事を目的としていると言えます。
    そのために、私自身が毎朝思いを新たにして、その日の「最新バージョン」で記事をお届けしている事は申すまでもありません。
     
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