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役に立つ「馬鹿さ」と立たない「馬鹿さ」
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    昨日は「若者は馬鹿さでがんばろう!」という話でしたが、そういうと勘違いをする人がいます。よく「○○馬鹿」などと言って、「馬鹿みたいにスポーツに打ち込んだり、学業に没頭したり」と、何かひとつの事に執着(しゅうちゃく)する事だと思っている人がいますが、これは違います。というか、へたをすると「本物の馬鹿」になってしまいます。(今の時代、そういう人間が珍しく有りません。)なぜなら「馬鹿(ばか→まじか)」の本来の意味は「自分の間近(まぢか)」を知らない、つまり「足元が見えていなくて危険な状態」ということだからです。

     

    なぜ「足元が見えない」あるいは「周りが見えない」ということが起こるのかと言うと、「自分の未来の夢」ばかりに目をうばわれて「それに関係の無い現実」を見ようとしないからです。自分の足元や周囲、または社会の現実というものは「客観的」なものですが、それを「主観(=自分の都合)」で勝手に無視したり軽視したりすることは、仮に何かひとつの事に秀でたとしても、全体としては大変バランスの悪い歪(ゆが)んだ感覚や考え方をもたらします。そういう人はいくら勉強が出来て頭が良くても「自分の足元も見えない本物の馬鹿」でしかなく、自分の行く末のみならず社会にも害悪を及ぼしかねません。(実際そういう大人たちが寄り集まって世の中を悪くしています。)

     

    「若さは馬鹿さ」とはそういう意味ではなく、「あらゆる事に全力を尽くす」「何事も匙加減(さじかげん)しない」「心にずるさを持たない」「物事に誠心誠意で臨む」などの事で、これらは良く考えれば、実は私たち人間が生まれて間もない0歳〜5歳くらいの間に「普通にやっていた事」なんですね。だから本当はそのまま大人になれば良いだけの話なのですが、なぜかその後の10年足らずの間に、「賢(かしこ)い」事と「ずるい」事を取り違えてしまって「安っぽい損得計算」にうつつを抜かすことで、人間本来の「童心」を忘れてしまう人が右にならえで圧倒的に増えてしまうのは、まことに残念な限りです。(それを教える大人が悪い!)

     

    私の経験上、普通に健康であれば30歳くらいまでは「若さは馬鹿さ」のままで全然OKです。個人差もあるでしょうが、私の場合50歳くらいまでは問題なくその感覚で行けました。さすがにその先は「体と相談」せざるを得なくなってきますが、おかげさまで心の方は今でも「子どもたちと同じ感覚」でいることができて、それが何より幸せに感じます。それと同時に私のような感覚や考え方の大人がもっともっと増えることを切に望んでいます。

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