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人間の惨状に於いては最早語る言葉も無い
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    おそらくは世界であろうが日本に限ったことであろうが、正に現在こそが私たち人類にとって「歴史上最も悪い状態」と言えると思います。それは道理として「総体として見た場合の人間はこれ以上悪くはなれないだろう」と思われるからで、その意味では今が正に「底を打った状態」と言って良いのだと思います。と言われても多くの人々にはその実感は無いでしょうが。

     

    何故私たちはそのような前代未聞の危機的状況にも関わらず、その実感を持ち得ないのか・・・。それはテクノロジーの進歩と複雑化した社会システムによって、曲がりなりにも「何か物事がちゃんと機能している」ように錯覚させられているからに他なりません。

    それは例えば、高度なテクノロジーで複雑な制御システムを搭載した先進的な車さえあれば、ドライバーの質やマナー、安全意識などどうでも良く、それを以って車社会の未来は明るいと安易に思える感覚と似ています。つまり「自分たちには理解出来ないスゴいテクノロジーとシステム」が(自分自身の努力なしに)何もかも解決してくれるものと思い込んでいるのでしょうが、ここまで行くともう或る種の「信仰」のようです。

     

    しかし本来は「テクノロジーの進歩」と「人間としての努力」とは全く別のものであって、機械やシステムに「心を吹き込む」のが人間の役割であることは、如何に社会の様相が変化しようとも一貫して変わらないはずです。それがそもそも「霊界と現界」「霊主体従」「唯心唯物一体思想」など、この世(=宇宙)の基本構造に基づくところの「人間の論理的存在意義」そのものとも言えるものです。

    逆に言えば「物に心を添える」という役割を果たそうとしない時点で、人間は「存在意義」すら失ってしまうということで、ついでに言うならその「一部始終をチェックする機能が霊界には厳然と存在する」ということですから、霊界より現界へのフィードバック(=原因に対する結果)では、当然ながらその反映を見る事になります。

     

    「物(=物事、言動)に心を添える」と言っても、もちろん「どんな心でも良い」という訳には行きません。その人なりの「人間性」に基づいた可能な限り「豊かな心」でなければならない事は言うに及ばず、それが為に人間には折りに触れ「弛(たゆ)まぬ(心の)努力」が求められる事になります。

    即ちその連続が「人の一生」ということですから、そのような目的意識を持って生きる人の数が殆ど「極限」まで少なくなってしまった現在に於いては、やはりこれを以ってリミットとし、ここを「折り返し地点」として再起、再生を図るのが私たち人間に残された唯一の道であろうかと思われます。

    そのためには「瓦解、崩壊」による衝撃さえも、この際「踏み切り台」として利用する心積もりが必要となるでしょう。

    | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 11:46 | comments(0) | - |









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