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生きることの真の目的
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    昨日の記事を「問い」とするなら、本日の記事がその「答え」と言えるでしょう。但しこれを理解するためには「ある前提を受け入れること」が絶対的に必要となり、それ以外の方法では(答えを導き出すこと自体が)困難と思われます。何故なら「人間の尊厳」とか「命は尊い」などといった(社会を取り持つ)基本的な概念すらも、同じく「ある前提」のもとでなければ殆ど意味を為さないからです。(クリックで関連記事へジャンプ)

     

    その前提とは、即ち「生きている人間」という実在が、実際には「霊魂と肉体」によって構成されており、更には「主体は霊魂」であって、肉体がそのサポートの役割を担っているという、いわゆる「霊主体従(れいしゅたいじゅう)の法則」によって定義付けられた存在であるというものです。

    つまりは「霊魂」の存在を認めない限り、私たちは自分が人間であるにも関わらず、その自分自身のことすらも正しく認識し、理解することが適わないということですから、増して他人のことなど皆目見当の付くはずも有りません。

     

    ところで「主体は霊魂」とはどういうことでしょうか。それは「霊魂の取得したものがその人間の実体と見做され、なおかつ評価の対象とされる」ことを意味します。繰り返しますが、そのためのサポートを担っているのが肉体ということですから、肉体はあくまでもその都度「霊魂が何を求めているか」に沿って(人間として)実際の物理的なアクションを起こすことになります。何故なら「霊魂自体は物理的アクションが持てない」からです。

    更にこの「霊魂が何を求めているか」ということは、霊魂と肉体が前述の「霊主体従」の良好な関係性を保つ上に於いては、私たち「人間が何を求めるべきか」と殆ど同じ意味を持つことになると考えて良いでしょう。

     

    「霊魂の求めるもの」は自ずと決まっています。それは「霊魂の向上」に他なりません。それは「人間という形態」にあっては「智慧、勇気、愛、情(なさけ)」に基づくところの「より多くの、より大きな、より深い経験智、体験智」を地道に、丹念に積み重ねて行くことで実現可能なものです。もっと簡単に言うなら「みんなで良くなる、みんなで良くする」という気持ちを大事にして、しっかりと前向きに生きていれば自ずと適うことです。

     

    このように「霊魂の目的」というものは、自らが永遠不滅の存在であることを前提に定められているものですから、当然「死」という節目に対する配慮や制約は有りません。しかしそれは肉体を持った人間であっても「霊主体従」である限り、基本的には変わりません。何故なら「霊魂の目的=人間の目的」という等号関係が成り立つからです。

     

    但し「体主霊従」の如く(不幸にも)肉体が主役となってしまった場合には、その限りでは有りません。肉体の目的と言えば(動物的特徴である)「自己保存(自己満足)」及び「種の保存(一族の繁栄)」となり、極めて「利己的」「自己中心的」な傾向を持つため、霊魂の目的に対しては当然の如く相反関係となります。

    しかし、このことは人間の構造上、当初から想定済みの話とも言え、判っていることは「霊魂には肉体が必要」「肉体を制御するには努力が必要」という二点です。

     

    つまり私たちの人生の最初のハードルが「霊魂に対する肉体の造反」ということであれば、そこでコケてしまってはそれこそ「お話にならない」ということでしょうか。

    | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 09:27 | comments(0) | - |









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