今回は大人の方に向けたお話ですが、もちろん子どもの方も大丈夫です。(ただ、字や言葉が少しむずかしいかも知れません)
青少年のうちはまだそれほどでもありませんが、大人になると「立場を得る」「立場に拘(こだわ)る」傾向が強くなって行きます。何故なら、「立場」こそが全ての利益をもたらす根源というイメージがあるからです。
「利益」というのはこの場合、ほとんど「金品」の事を指します。他に「権力」「名声」「人脈」「安全保障」など様々な要素が絡んでくるとしても、立場に執着する限り「金品の豊かさがもたらす安心」に集約されるといっても過言ではないでしょう。
しかし、そこでひとつ疑問があります。
「立場」というものは複数の人間がいてこそ成立するもので、たった一人の環境では「立場」という概念自体存在しません。
つまり初めから「社会的概念」である「立場」が、何故あたかも一個人のためのものの様に考えられ、扱われているのでしょうか?これは何か考え違いか、勘違いとしか言い様が有りません。
「立場=社会的ポジション」は、当然ながら社会の有益性、有用性のために作られ存在しています。それは本来ならば社会的な目的に照らして、最もふさわしいと「社会が認めるところの人が収まるべきもの」で、間違っても「闘争心が強く、自己の利益を追求して止まない」人間が「勝ち取る」性質のものではありません。
また、「立場の運用によって得られた利益」は、元々広く社会に還元されるべきものであり、それのみが「社会的ポジション」の存在意義と言って良いと思います。
つまり「立場」は社会(=みんな)が必要とするものであり、的確な人材が社会(=みんな)によって決められ、社会(=みんな)のために運用され、その利益は社会(=みんな)に還元されるべきものなのです。
「それじゃ、つまらない。誰もやる奴いないよ。」という声が聞こえてきそうですが・・・それが私たちの社会のレベルです。