青少年の何でも書き込み寺 (大人も可)

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85%は形骸化
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    前回のブログでも申し上げたように、この人間社会の健全な進歩、発展、維持にとって(今となっては)適切と言えなくなってしまった多くの「(人を含む)形在るもの」の内部的な「瓦解、崩壊」が急速に進行した結果、それらの「形骸化」が(霊的には)既に85%に達していると思われます。

    これは言い換えれば、私たちの社会に常に内在していた「明確な反社会的要因(=人、組織、思想、システム等)」の化けの皮が剥がれる、或いは剥がされる事に依って、その存在と意図とが「誰の目にも明らかにされつつある」ことを意味します。

     

    例えば、社会全体から見れば「たった一握りの反社会性を持った人々」によって構成され、存在し続けてきた「巨悪」と言えども、その存在を可能とする絶対条件は、何れも「正体がバレないこと」に尽きます。その鉄の結束と完璧な秘密主義が内部崩壊を起こし、ほぼ失われてしまった状態が現在ですから、当然存続は不可能となり、近い将来淘汰の憂き目を見ることは間違い有りません。

    これは「善悪」といった抽象的な概念を持ち出すまでもなく、より現実的な「社会性、反社会性」という具体的イメージで十分理解出来る話でしょう。

     

    昔から「悪いもの、怪しいもの」の喩えとして「叩けば埃が出る」というのが有りますが、昨今のそれは叩くまでもなく「押せばすぐに崩れる」ほどに形骸化が進んでいますから、その気になれば見誤る心配は有りません。

    こちらの身の安全を図るためにも、少しでも不審に思ったり不安を感じたりしたら「指で軽く押して見る」のが良いかも知れません。(正体はすぐに判明します。)

    より多くの人たちがそのような理解と心構えを持つことで、「形骸化した紛らわしいもの」は自然な形で社会から姿を消して行く事となるでしょう。

    | 青少年の味方の人 | 霊的考察 | 09:15 | comments(0) | - |
    再度「内部崩壊」について
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      当ブログに於いて「内部崩壊」について明確な形で触れたのは2015年8月15日の記事が最初と思われます。(約1年半前)そしてそれ以来、事有る毎に2016年に於ける社会の「変動、変化」と「内部崩壊」の関連について記事にして来ました。

      記事一覧はこちら→ http://blg-hal-kursk.jugem.jp/?search=%C6%E2%C9%F4%CA%F8%B2%F5

      ところで今年2017年は「内部崩壊」ではなく、その段階を通り越していよいよ見た目にも明らかとなる「瓦解、崩壊」のオンパレードとなるだろうと言うことなので、それと「内部崩壊」との関連性を改めて確認しておきたいと思います。

       

      今年になっても相変わらず「内部崩壊」の現象は至るところで継続され進行していますが、先に始まった「内部崩壊」の内、組織の破壊が内から外へと拡がりを見せ、腐った果実の様に異臭を放ち始め、もはや外観の体裁すら保てなくなった時点でいよいよ「瓦解、崩壊」するというものですから、2017年現在もその過程に於ける様々な段階の組織、構造物が存在しているということです。

      ただその中で今年中にリミットに達するものが数多く有り、中には社会的基盤に属するものも多く含まれるため、そうしたものの「瓦解、崩壊」が当然ながら2017年の「特徴的、象徴的な現象」ということになる訳です。

      また、巨大構造物の崩壊は、周辺の他の多くのものを同時に巻き込む事ともなり、その意味ではそういった現象は一層顕著なものとなるはずです。

       

      皆さんご承知の様に、それは既に始まっています。その際(今更ながら)生き延びるために多くの人々が「海に飛び込む決断」を迫られている事と思われます。(すでに飛び込んだ人もいる様子です。)

      その手段として「リーク、告発、寝返り、裏切り」などが横行するようなら、これらの「瓦解、崩壊」の流れは更に加速する事になるでしょうが、そうならそうでそれも致し方有りません。

       

      何れにしても大切な事は、意味の有る反省と共に、この先しっかりとした「展望」を持つことです。

      | 青少年の味方の人 | 日本社会 | 10:48 | comments(0) | - |
      「人間の特徴」とは何か
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        それは1に人間性(=品格)、2に知性(=論理的思考)であって、国も社会もそれによって成り立つものと考えて誤りでは有りません。従って国が国民教育を以ってより良い国作りに積極的に関与しようとするなら、この2点が事足りるような教育でなければ意味が有りません。但し日本は長らくこうした観点による教育のスペシャリストを養成する事を全くと言っていいほど行なって来ませんでした。実際、今の教育現場で「人間性」について正しく教えられる教職員がどれほどいるかを考えて見れば、状況は絶望的であることは申すまでも有りませんが、取りあえずそうした「価値観の大転換」が急務であるということです。

         

        翻って現社会は、下品で反知性的な人々が大手を振って罷り通っています。何故そのような「人間の特徴」から外れた人々が社会の主流と成り得るのかと言えば、そのようにマインドコントロール(=教育)されて来たからです。その方法は至極簡単で、「品格や知性じゃメシは喰えない」「時には他人を踏み台にして分け入る押しの強さが必要だ」として、実際にそういう人間を厚遇し、品格や知性を重んずる人々を冷遇して見せれば良いだけの事です。また「金の亡者」のような人間をセレブ(上流階級)として持ち上げて見せ、あたかもそれを「社会的な価値の基準」の様に錯覚させれば良いだけの事で、その際その人間の「品格や知性」云々は一切タブーとします。

         

        こうして私達は謂わば「金権主義」というミクロ的な視野の中に押し込められ、それによって社会全体がどうなるのか、或いは社会の未来はどうなって行くのかなど、マクロ的な視野から遠ざけられた上で、「この世は弱肉強食の生存競争」などというトンデモナイ概念を受け入れさせられるハメに陥ります。もちろんこれは「出来レース」で、勝者敗者は最初から決まっていますが、少なくとも「結果は自己責任」と思わざるを得なくなる土壌や環境は整っていますから、誰にも文句は言えない事になります。

         

        ところで政界、財界にも多大な影響を及ぼしつつ、日本をこうした「下品で反知性的」な方向へ導こうとする「日本会議」なる組織が「神社本庁」を要として存在するとの事ですが、もし本当だとすれば驚きです。何故なら「神社本庁」は元々天皇を中心とする「国家神道」の再興を目指しているとの事ですから、その御祭神は日本国の守護神である「天照大御神」であり「八百万の神たち」であるはずです。では、その神様たちが日本社会の今現在の「下品と反知性」の有様を望んでおられるとでも言いたいのでしょうか。在り得ないでしょう。逆に神の逆鱗に触れるのが関の山ではないでしょうか。

         

        人間に相応しくない思想、及び構造物は、ほどなく瓦解、崩壊する運命に有りますが、おそらく表向きは自滅、或いは内紛、即ち内部崩壊の形を取ることになるでしょう。

        | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 10:05 | comments(0) | - |
        啓蒙または啓発から警報へ
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          このところ当ブログでは「消滅するレール上の列車」「沈没する船」などという表現で、一刻も早いそこからの離脱を呼び掛けています。これらの一貫したイメージの裏には「自滅サイクルによる内部崩壊」への危機感があります。そして私自身がその根拠とするのが、世の中で現実に起こっている「個人レベルや組織レベルでの自滅の実態」であって、それらは或る意味「原因に基づく結果として理に適ったもの」であるということです。

          これらの個々の事象、因果関係については、当ブログでも今まで幾多もの記事で解明に尽くしてきたつもりでは有りますが、一言で言うなら「今までの認識の仕方がおかしかった」だけの事で、今起きていること、そして今後起こるであろうことが「まともな物事の結果」であろうかと思われます。

           

          どうして今まで「まともな認識」が適わなかったのかと言えば、それは一般的に人々が「あまりにも短すぎる時間の単位でしか物事を捉えようとしなかった為」としか言い様が有りません。それは例えば「悪事」を働いたり「嘘」をついても、それがバレなければその行為が「成立した」と思い込む様なものです。つまり今後私たちの身に起こるであろう事は、「実は成立していなかった」という誰にでも判る(有無を言わせぬ)結果だということです。

          しかし「自らの行為が成立するかしないか」は、そのように長い時間を待つまでもなく、本当は「行為の直後に胸に去来する思い」によって判明しているのですが、「成立する」と信じたい人々の強い願望が「微かではあるが確かなその答え」を全て打ち消してしまうことがそもそもの発端となります。

          そのような人間の心の動きを「ずるさ」と言います。

           

          私は過去数十年にわたって「みんなで良くなる」ための、社会に対する「啓蒙や啓発」が必要と考えて来ましたが、今は「警報」が最優先されるものと考えています。実際の状況は既に個々のレベルで「間に合うか間に合わないかの瀬戸際」に来ていると思っています。一方で組織的なレベルでは既に多くは手遅れと思われます。それは大きな組織ほど機敏な対応が困難である事に起因します。

          それ故、今私たちに必要なイメージは「沈没する船から海へ飛び込み、消滅する列車から飛び降りること」によって、とにかく「個人レベルで生き延びること」だと言っている訳です。

           

          船や列車に護るだけの価値は有りません。また後で作り直せば良いだけのことです。

          | 青少年の味方の人 | 大人向けの大事なお話 | 10:56 | comments(0) | - |
          「今後の世界」について
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            もし今年の3月に既に「霊界のセッティングが完了していた」ものとするなら、それ以降に見られる社会の様々な「内部崩壊」の兆しも納得が行きます。つまりそこから先、物事は「霊界の方向付け」に従わざるを得なくなるということです。

            例えば、「霊界の方向付け」に則した努力は思いの外実を結び、反対に「方向付け」に反した努力は、成果を見ることが無くなるということになります。この事は人々が結果を見て「霊界が示す方向に舵を切る」ことを容易にする半面、あくまで「霊界の方向付けに従おうとしない人々」の焦りを増大させる事となるでしょう。

             

            この事が私たちにとっての「最後のチャンス」と成り得るのか否か、正直私には判りません。何故なら「セッティングの完了」という意味が、果たして私たち個々の運命までも含んだ結果であるのかどうか知る由もないからです。しかし、私個人としてはそれが「万人にとっての最後のチャンス」であって欲しいと思います。

            何れにしても(今まではどうあれ)これからは、人間性に鑑(かんが)みて自分が「正しい」と信じられることを「心のまま」に行なうことが重要だと思います。何故ならそのような生き方こそが、最も「霊界の方向付け」に即応しやすいに違いないと思うからです。

             

            ところで「霊界」とは謂わば「星の運行」に至るまでも管理している世界です。そのような「霊界」が、それらと同等のスケールと緻密さをもって「現界の抜本的な立て直し」に着手を始めた事の意味はたいへんに大きく、それは「世界が劇的に変わる」ことを意味します。

            そこでは無論「創造の為の破壊」が繰り広げられることも予想されますが、物的、精神的(文化的)な「破壊されるべきもの」の全ては、「私たち人間が(それと気付かず)自己破壊のために作り出してしまったもの」であり、元々「在ってはならないもの」ということを思えば致し方有りません。

             

            但し、私たちにとっての救いとなるのは「霊界では個々の運命が個別に管理されている」という事実です。つまり私たちは仕組みとして「他人の不幸に巻き込まれて不幸になる」ようには出来ていません。(そう思っている人の全員が勘違いです。)ですからその点は臆すること無く安心して、来たる世界に即応すべくしっかりと生きて頂きたいと思います。

            | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 10:07 | comments(0) | - |
            2016年のキーワードは「内部崩壊」
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              広島の万引き誤認に伴う中3自殺事件では、教育委員会や学校側(=校長、教諭)らの心無い「進路指導」の有り得ない実態が白日の下に晒されようとしています。「子どもに寄り添う」という「教育のイロハ」も解らない「自己執着の固まり」の様な大人たちばかりで構成された如何わしい教育現場は「内部崩壊」する運命にあって、それを止める手立ては無く、全てが砂塵に帰するまで終わらないでしょう。

              そもそも当初の「義務教育」は、「国力増強のための国策」としての色合いが強かったものが、戦後は「国民の(教育を受ける)義務」では無く、「国民の(教育を受ける)権利」を妨げないものという考え方にシフトしてきたものと理解しています。もちろん「皆にとって快適な社会の実現」を考える時に、ベースとなる基本的な教育水準の存在が必要という考え方はそれなり合理性があると思われますが、あまりそこに拘ると「権利」ではなく「義務に逆戻り」してしまい息苦しくなります。

              何故「子どもたちの教育を受ける権利」を殊更にに強調するかと言うと、これが「義務」であれば(軍事教練の様に)「頭ごなしの上から目線」も通用するかも知れませんが、「子どもたちの権利」である限り、それが最大限に尊重されなければならないにも関わらず、そんなことも解らずに子どもたちの教育に関わっている教育関係者が余りにも多いからです。(世間体や安定収入が目的と思われ、とても教育現場に適しているとは思えません。)
              「いや、自分はちゃんとやっている」と異を唱える教職員の方々、そうおっしゃりたい気持ちは分かりますが、自分の職場を見渡して一度でも「問題提起」した事が有りますか?一度でも校長や教育委員に直談判に出向いた事は有るのでしょうか?(50年前にそういう先生が私のクラスの担任で、明らかに彼女は命を懸けていました。)もしそうなら土下座をしてお詫びします。

              ついつい「子どもの理不尽な死」を前に、話が長くなってしまいました。
              他にも読売ジャイアンツの野球賭博問題、田母神氏の使途不明金疑惑、NHKの不祥事続発など、このところ社会に於ける「内部崩壊」の兆候を示すニュースが跡を絶ちませんが、実は世間体が立派な「後ろ暗い組織」の全てが崩壊寸前の際にあって、今現在「崩壊の順番待ち状態」なのではないかと思っています。何故なら、一斉にに崩壊してしまうと社会の機能がストップしてしまうからです。
              | 青少年の味方の人 | 証明出来ない?大事なお話 | 11:12 | comments(0) | - |
              今日は「終戦記念日」です。
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                これを期につくづく思うのは、もはや「強権による粗暴な支配」が不可能な時代に突入したということです。
                かつて「権力」とは一般庶民にとって「モンスター」の如く得体の知れない「底知れない恐ろしさ」を秘めた存在でありました。私たちはまた、「抗い切れないもの」「抗ってはならないもの」というマインドコントロールの下に置かれていたかも知れません。
                しかし、ここに来て「膨大な量の情報の集積と共有化」が進み、稚拙で生半可な隠し事などたちどころに世間に露呈するようになると、「権力者」と言えども心の奥底まで見透かされることとなり、単に「傾向と対策」の対象でしかなくなってしまいます。これは権力側からすると、「情報統制」が思うように行かなくなって来たためと思われます。

                このような現状を理解することなく敢えて強権を発動しようものなら、それは「自爆行為」にしかなり得ません。その破壊的エネルギーは「逆風」として全て己が身に返ってくるからです。つまり「強権発動」という手法は既に封じられているということです。
                それでも尚、権力者が権力を行使しようと欲するならば、残る手段は「絶対にバレない嘘をつく」以外に有りません。即ち「完全犯罪」を目指すことです。これは論理的には可能かも知れませんが、しかし並大抵の事では有りません。特にプロジェクトが大掛かりになればなるほど、細部にわたって整合性を演出したり情報の漏洩を防ぐ算段を凝らしたりと、事は困難を極めるでしょう。しかも膨大な時間と手間の掛かる割に成功率はそう高くないと言わざるを得ません。何故なら「内通者」が出ないという保障がどこにもないからです。「それでもよければご自由に」という感じです。

                何れにせよ、これからは「内部崩壊」の時代です。その理由は、外見上どのように立派な門構えの組織であっても、それによって以前のような「求心力」を得ることは最早困難だからです。それは「権力」や「権威」の正体が簡単に見透かされる時代に突入してしまったからで、そのため組織に義理立てする根拠を失った人たちからの「内通や告発」を受けるリスクが飛躍的に高まっていると言って良いでしょう。
                ということで、これからは「長いものに巻かれて安泰を得る」時代では有りません。そのような古い考えのままでいると、いつの間にか「泥舟」に乗せられていて、気付いた時には沈み始めているかも知れません。いや、たぶんそうなるでしょう。


                 
                | 青少年の味方の人 | 大人向けの大事なお話 | 11:25 | comments(0) | - |
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